【特集1「受け継ぐ」―共創力―】

ロバスト農林水産工学国際連携研究教育拠点


ロバスト拠点が活動している広大なフィールド。


豊富な資源を最大限に活用した新しい地域モデルの確立を目指して

限りある地球上の空間と資源。
閉鎖系の地球で持続的な社会を構築するために必要なことは何か。
現場ニーズに基づいた次世代農林水産工学技術を開発するために、
ロバスト拠点は躍進する。



 本拠点は、本学の工学研究院、農学研究院、水産科学研究院を中心として、2018年に設置された。



     牛のふん尿からバイオガスを発生させ、温室内を温める
     エネルギーとして利用している。この仕組みについて説
     明しているのが石井拠点代表。

 「正式名称をそらで言えるようになるまで時間がかかるんですよ。我々はロバスト拠点と呼んでいます」と、石井一英拠点代表は笑いながら教えてくれた。

 「『ロバストってなに?』とよく言われます。簡単に説明すると、外的な影響が加わっても倒れにくい、壊れにくいなど、強靭なイメージですね。外的な影響を予想しながら、倒れないようにしていく、そういう性質をもつものと捉えています」。

 私たちをとりまく外的な影響は計り知れない。地球環境が激変する一方、世界人口は増加をたどり、限られた地球資源の中、安定した食料生産と分配をどう行うのか。ロバストという言葉は、環境や気候の変化など外乱の影響による変化を防ぐ内的な強靭性を意味する。

 ロバスト拠点は、本学の最重要ミッションである「フードバレー構想」に基づき、農林水産業に生産工学の概念を取り入れることで、食のバリューチェーン(※1)の強靭化(ロバスト化)を目的としている。

 「北海道では食に関する一次産業が中心です。また、北大は他の大学に比べてフィールド研究がとても盛んです。これらの特徴を活かし、フィールド研究を通して食のバリューチェーンをロバスト化する、という狙いです。さらにそれをSociety5.0(※2)に沿った形で、データ駆動を取り入れながら実現していこうとしています。ゆくゆくは健康、医療、医薬などのバリューチェーンにもつながるよう、SDGsも踏まえながら活動しています」と、石井拠点代表は語る。


プラットフォームとしての役割

 ロバスト拠点は、インキュベーション機能を担うプラットフォームとして様々な組織と連携し、共同研究を推進している。連携先は学内組織にとどまらず、現在は民間企業94社、研究機関・行政機関等39組織、総勢428名がロバスト会員として登録されている。

 ロバスト拠点の事務局は、研究シーズと現場ニーズのマッチングを行うコーディネーター役を担っている。共同研究を推進するための予算の獲得や研究環境の整備、さらに共同研究を通じた教育活動により、次代の農林水産工学に適応し得る専門人材を育成している。海外組織との積極的な連携も特筆すべき点だ。


ユニークな分野融合型研究

 ロバスト拠点では様々な研究活動が展開されており、その代表的な取り組みの1つが「ロバスト温室プロジェクト」だ。本学キャンパス内の第一農場に設置された2棟の温室。農学研究院と工学研究院が連携した、部局横断型の象徴的な実験空間だ。


ロバスト温室。この中でホウレンソウやパセリ
など、光波長変換フィルムによる促成栽培実験
などが行われている。

 ここでは、北海道の気候に対応した熱や光の管理技術、バイオガスプラントの熱利用、北海道の農産物の特性にあわせた新しい生産方法の検証、施設園芸の生産性向上に貢献する要素技術の開発などを目的に、研究が行われている。

 「農学と工学が力をあわせれば、こんなことができるのでは?という発想のもとに始まりました」と石井拠点代表。工学研究院の長谷川靖哉教授が開発した光波長変換フィルムを温室のビニールに適用し、農学研究院の鈴木卓教授が水耕栽培野菜の成長を調べたところ、成長速度が速くなる、有用成分が増加するなどの効果が認められた。これは、将来的に野菜の生産量の増加による収益向上や、有用成分が増加した高機能性野菜の開発につながる可能性を秘めているという。

 また、通称「ロバスト公募(※3)」と呼ばれる本学での公募型研究助成を実施。部局をまたいだメンバーでの申請を必須とした萌芽的な研究を支援している。

 採択された課題にはユニークなものが多い。例えば、農学研究院と水産科学研究院の本格的な連携となる「アクアポニックス」を生産基盤として構築する研究課題。「アクアポニックス」は、生産性と環境配慮の両立ができる持続可能な農業技術として、世界中で注目されている。魚の養殖と野菜の栽培を同じ水槽内で行い、魚のふん尿を肥料として野菜が育ち、かつ野菜が水を浄化して魚が成長するという循環型の養殖システムだ。

 また、有色ビーツがもつ有効成分に着目した研究課題もある。有色ビーツは抗酸化作用が強く、特に寒冷環境で人の身体を温める効果があるという。その有効成分を抽出して分析し、将来的に機能食品としての価値を探るというものだ。

 「道産のダケカンバという木で野球のバットを作る、という研究課題もあります。そのバットを日本ハムファイターズの選手に使ってもらい、ダケカンバの利用を普及させることはできないか、と考えていらっしゃる先生もいて面白いですよね」と石井拠点代表。基幹総合大学ならではの分野融合研究が盛んに進められている。


     ロバスト拠点の学術企画コーディネーターを務める平井
     計浩氏。実に多様な研究を展開しているロバスト拠点に
     とって、コーディネーターは欠かせない存在だ。


7つの分科会から展開される多様な活動

 ロバスト拠点が対象とする分野は広いため、7つの分科会を設けて活動を進めている。フィールド対応技術、商品への加工技術、長期鮮度保持技術、消費者嗜好適合型の生産技術、バイオマス資源化・エネルギー利用技術、防災(フィールドのロバスト化)、国際連携と、様々な研究が展開されている。

 各分科会、あるいは複数の分科会でシンポジウムやセミナーが開催されており、これらは分科会の研究シーズをロバスト会員にアピールする場となっている。しかし、コロナ禍により、研究交流が制限された時期もあったという。「オンラインだと研究シーズを発表して終わりになってしまいがちです。私たちは、発表の後に参加者同士で行う意見交換やネットワークづくりを重視していますので、対面での交流の機会はとても大切です」と石井拠点代表は話す。

 ロバスト拠点は、農林水産省が主催する「アグリビジネス創出フェア」に毎年出展している。2021年は、酪農学園大学と共同で「酪農×工学 シン・ナチュラルチーズ開発」をテーマに出展。中村裕之農林水産副大臣もブースを訪れた。


教育への貢献も


農業用無人トラクターと農学研究院ビークルロボティクス研究室
のメンバー達。この研究室の野口伸教授が、ロバスト拠点の副代
表を務めている。

 「研究交流の場は、我々研究者だけではなく、学生にも大きな刺激になりますね」と石井拠点代表。ロバスト拠点は次代の専門人材を育成するという、教育面でも重要な役割を担っている。

 「昨年度から、本学の1年生を対象に、『環境と人間 ロバスト農林水産工学』という講義を行っています。この講義では、持続可能な社会に向けて現場から学ぶことを目標に、オムニバス形式でロバスト拠点の教員が講師を務めています。学生に授業の感想を聞くと、異分野融合の重要性や、研究者が現場で問題解決に取り組んでいる実態などが伝わっているという手応えを感じます」と石井拠点代表。

 「大学は学部ごとに分かれているので、どうしても縦割り社会になりがちです。ロバスト拠点がそこに横串を刺して学生に現場をみせることで、大学のあり方の原点を理解してもらえるかもしれません。座学の講義も良いですが、フィールドの現場を知ってもらい、そこで抱えている様々な課題を一緒に考えていきたいですね」と、石井拠点代表は熱く語る。


世界を見据え、地域課題の解決を目指す

 2021年6月、「北海道プライムバイオコミュニティ」が内閣府の地域バイオコミュニティに認定された。フィールド研究を強みとしている本学は、このコミュニティの中核機関として、自治体や産業界とともに「誰もが農林水産業に従事したくなる憧れの北海道」を目指している。その中でロバスト拠点は、カーボンニュートラル分野、スマート農工水産業分野への貢献が期待されており、2021年10月に採択された文部科学省・科学技術振興機構「共創の場形成支援プログラム(COINEXT)」の「地域エネルギーによるカーボンニュートラルな食料生産コミュニティの形成拠点」プロジェクトを推進している。



   ロバスト拠点のロゴマーク。
   ロバスト(Robust)のRの
   形をし、種子(研究シーズ)
   から、いくつものモノを生
   み出すことをイメージして
   いる。

 本学は「THEインパクトランキング2022(※4)」の総合ランキングで世界10位、国内1位となった。また、17あるSDGsの目標別ランキングでは、SDG2「飢餓をゼロに」の項目で世界1位にランクインした。これはまさに、北海道の豊かな自然を背景に、農業・林業・水産業等に関するフィールド研究を強みとして推進してきた先人たちの努力の賜物だ。この意志を受け継ぎ形成されたロバスト拠点。北海道から世界を見据え、課題解決(SDGs達成)に向けての取り組みが進められている。

 ※1:バリューチェーン 商品やサービスが顧客に提供されるまでの一連の活動で生み出される付加価値のつながり。

 ※2:Society 5.0 日本が提唱する未来社会のコンセプト。仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムにより、経済発
    展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会を提唱する。

 ※3:ロバスト公募 正式名称は「ロバスト農林水産工学研究プログラム」。

 ※4:THEインパクトランキング イギリスの高等教育専門誌「Times Higher Education」が、国連のSDGs(持続可能な開
    発目標)の枠組みを用いて、大学の社会貢献の取り組みを可視化するランキング。


 ロバスト拠点のSDGsに関する取り組みは、HBC(北海道放送)が制作した番組「SDGsシーズ〜未来を拓く研究」でわかりやすく紹介されており、動画コンテンツから視聴することができる。
【番組Webサイト】https://www.hbc.co.jp/tv/seeds/




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