北海道大学の職員として、北大病院手術部(以下手術部)では、学内共通の職員安全管理の他に、病院手術部としての特殊な安全管理を徹底する必要がある。事例や事故を個々のものとせず、手術部・病院全体で共有し安全の手引きとすることが必要である。(大澤師長の言葉の引用)。手術部では様々な職業集団が互いに協力しあって業務を遂行する必要があり、安全管理に関しても相互理解が必須である。手術部で業務する医師・看護師・臨床工学技師・清掃環境整備職員・事務職員などが日頃どのような安全対策上の問題点を感じているかについて、質問紙記入形式で調査を行った。
 手術部全職員(手術部所属医師6名・看護師39名・臨床工学技師3名・清掃環境整備職員8名・事務職員2名)を対象とした。医師は病院の全職員を含めると膨大な数にのぼるため、手術部専任で日常手術部の運営に関わっている所属医師6名のみを対象とした。手術部において、医師は外科系13科と麻酔科が手術に業務し、看護師は手術患者さんの看護や手術環境において専門的業務を行う。臨床工学技師は手術部内の空調・照明などの管理から大小手術機械の管理に至る専門的業務を行い、清掃環境整備職員は手術部内の日常の清掃や手術器械の洗浄・消毒などを行っている。事務職員は直接手術患者さんに関与することは多くはないが、業務部署は他の職員と共通の空間である。
 手術部での業務上の安全を考える場合、@安全に患者さんが手術を受けられるための対策・A一般の北大職員としての安全対策・B手術部に特有な職員安全対策、の3つの項目が挙げられるが、今回、後者二つの普遍的業務安全と特異的業務安全について、以下の形式により全職員に業務安全上のヒヤリハット事例のアンケートを行った。
全職員58名(手術部所属医師6名・看護師39名・臨床工学技師3名・清掃環境整備職員8名・事務職員2名)にアンケートを依頼し、回答率は全体で93.1%(54/58)であった。医師以外の職員の回答率は100%であった。以下、職員機能分類を、順に医師・看護・技師・整備・事務、と省略する。
 まず、各個人から提出された上記のヒヤリハット報告の中で、明らかに業務上職員の健康状態に影響したと考えられる項目と、その因果関係を証明するのが困難な項目に分かれることが想定される。実際に起こった外傷・事故(未遂)などでは、インシデントと障害の因果関係がはっきりする。たとえば、普遍的ヒヤリハットの中の不注意による外傷・特異的ヒヤリハットの針刺しや血液暴露・煮沸滅菌装置による火傷などは、業務環境の問題や個人の注意不足が原因で起こったと断定できる。しかし一方、片づけをしないことによる問題や、ユニホーム類によるアレルギー・過労による障害・労働環境によるストレス・重量手術器械運搬に伴う腰痛や疲労などは、その原因が実際に障害を起こしたかどうかについて全て判定を下すことは困難である。看護師や医師に多いとされる手洗いに伴う手指皮膚障害も、ラテックスアレルギーなのか、ブラッシング自体、或いは消毒液のアレルギーなのか、事例全てに対して因果関係を証明するには、負荷テストによる検証が必要となる。今回の検討ではこれらの因果関係も含めて各自の自己判断により報告を集計しており、証明は行っていない。
 ただ、実状として、看護師の手荒れ・アレルギーに関しては、看護師の業務配置を、手荒れの頻度が高いため、手洗いを要する職務とそれを必要としない職務の間でローテーションを組む必要があることや、初期研修のために集中的に手洗いをする業務(手術中の直接介助業務)に就く新人看護師に手荒れの頻度が高いこと、また外科系医師の内、かなりの割合がラテックスアレルギーで手術用手袋をラバーなどの他の素材に変更するなどの工夫を行っていることなどの事実を考えると、アレルギー性の手指皮膚障害は職務上安全にとって大きな問題であることは想定できる。対策としてより手荒れの少ない手指消毒剤の採用によって手荒れを少なくする努力も併せて行われている。
 手荒れの問題とともに、今回の調査で頻度が高かったのは、
   ・器械消毒剤による皮膚粘膜障害
   ・不注意による外傷
   ・針刺し・血液暴露
   ・薬剤アンプル関連
   ・煮沸高温滅菌装置による火傷
   ・重量手術器械関連
   ・職員間の不理解などによる精神的苦痛
   ・清掃作業中の廃棄物に起因する障害
であった。
 不注意による障害は、職場環境整備を学内他部位共通の問題としてとらえる必要がある。針刺し・血液暴露に関しては、エピネットの報告対策システムが病院組織では取られているが、実際には提出に関する意識が低く、エピネットで認識される頻度よりも実際の頻度は高いのが現状である。
 労働環境による精神衛生障害については、これも相互コミュニケーションなどの問題が絡み、定量的に判断のつかない問題ではあるが、実際に北大病院手術部では年次手術件数の大幅な増加に伴い、職員の超過勤務が慢性的に問題となっており、無視できない問題である。看護師から報告された精神衛生障害のうち殆どに「医師の暴言」という記載があったことは、医療過誤の問題が多く取り上げられる現状において、医師側にもかなりの職務上のストレスが存在することを暗示するものであり、同時に良好な職場環境を目指す上で医師側も十分反省すべき結果であると考えられた。
 これらの問題点に対して、対策を考える場合、障害やインシデントを、その対策法から、1.経済的努力・2.技術的努力・3.人的努力で解決する項目に分けることが必要であると考えられる。つまり、不注意による外傷や清掃作業中の障害などは、環境整備や作業の技術的改革によって個人レベルのミスを未然に防げる可能性があり、このような対策に予算を積極的に宛てることが最も効果的な方法である場合が多い。今回の調査の最終項目で職員各自に安全に関する意見を記入する欄を設けたが、その中で述べられていた意見の多くは、これらの対策を人的努力で行おうとする意見であった。近年、医療施設の安全・危機管理法は、航空機事故防止対策に採用されている「人間はミスを犯すものであると認識した上で、如何にシステム上の対策でこれを少なくし、未然に防ぐことが出来るか」という概念に準じ、システム上の改革を先行させるべきであるとする考え方が主流となりつつある。人的努力は職場でのコミュニケーションや事前準備を十分行う上でもちろん大変重要であるが、職場安全を管理する立場からはシステム上で安全管理を行うために経済的・技術的対策を惜しまないことが重要であると考えられる。具体的には、手術中に血液が飛び散らないように注意するのは勿論だが、システム上飛び散っても血液暴露しないような防護装置を徹底させるとか、誤動作で外傷などの障害を受けやすい機械操作には技術的に安全装置を配備して誤動作自体を起こらなくする、などの対策に予算を計上する方法である。針刺し事故の防止についても、縫合針自体を純針に変更する・連続縫合の多用で縫合針の受け渡し頻度を減らす、などの技術的対策が取られるべきである。その意味で、アンケートの最後の職員安全管理に対する個人からの意見の中に、危険手当の支給や廃棄物処理法の技術的改革を述べた意見が看護師より2件提出されていたことは興味深い。
 手術部での感染性廃棄物処理・鋭利手術器械の片づけの問題では、背景に、長時間手術や時間外超過勤務の頻度が多く、術中の直接介助に医師の協力を求めなければならないということがあり、医師の直接介助業務の後、鋭利器械が通常の手術器械と混在して散乱して放置されているために、その後の清掃業務中に障害を生じやすいという分析もある。この問題に対するシステム上の対策とは、精神論を持ってくるのではなくて、適正な人員配置や超過勤務に対する管理上の改善が重要となると思われる。




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