ひろ き |
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私が留学に興味を持ち始めたのは中学生のころだった。留学の本や記事を見つけては一生懸命読んでいた。当時は留学して何かを学ぼうなんて考えもせずに,ただ海外で学生生活をやってみたいと思うだけだった。そんな漠然とした憧れから私の留学は始まった。 北海道大学の交換留学生となり留学の夢を達成したのは大学4年生のことだった。ニューイングランドの美しい自然とイギリス植民地時代の街並みが調和するマサチューセッツ州アマーストが私の留学地だった。 留学生活の最初の一ヶ月は英語が上手く話せず聞けず非常に苦労した。話しかけられても,なんと答えてよいかわからずに黙り込んでしまう。気まずい沈黙が続く。寮では英語が上手くないために厄介者扱いされることがよくあった。こんな経験が毎日続いた。毎夜毎夜,「負けるもんか」と日記に書きなぐった。 憧れと現実との葛藤の日々が一ヶ月続く。そんなとき,ある科目の最初の中間テストが返ってきた。30点だった。ショックだった。それからというもの,毎日12時過ぎまで図書館で勉強するようになった。必ず予習をしてから授業を受け,授業の後は復習した。そのうち授業のことを話す友達ができた。彼らと一緒に夜遅くまで勉強するようになった。 授業の外でも,変化が起こった。私は日本で高校,大学と空手道部に所属して活動していた。そのため,留学先の大学でも空手クラブに所属し,体育で空手の授業も取った。学生の中では私しか黒帯はいなかった。自然と私が先生のように空手を教えることになった。空手に英語の上手い下手は関係ない。部活の後輩のようにアメリカの学生をしごいた。そのうち,日本から空手キッドが来たと有名になった。空手を通じて多くの知り合いを得た。そのうち英語がわかるようになってきた。英語が上手くなると自然に友達が増え,留学生活がどんどん楽しくなってきた。毎日の勉強のおかげで成績も向上し,成績優秀者のリストに名前が載ることになった。勉強,空手,友人との交流,すべて楽しくなり始めた。最初はあんなに嫌いだったアメリカが好きになっていった。 楽しい日々というものはすぐに去ってしまうもので,日本に帰る時期はすぐに訪れた。楽しい時間をすごした友人達から,「次の学期は帰ってくるのか」と聞かれるのがつらかった。帰国する日,空港で涙が流れた。 留学はつらいことの連続である,多くの苦難がいっぺんになって訪れる。それらすべてから逃げずに,真正面から受け止める勇気があれば,留学ほど人を成長させるものはない。つらい留学は必ず人を成長させる。帰国して半年経った最近よくそう思う。これからも多くの日本人が海外を目指し,留学を通して大いに成長して欲しい。この言葉を今度は私が留学を志す皆さんに捧げたい,「ボーイス ビー アンビシャス!!」。 |
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