北海道大学には実に多様な職種の方々が存在し,異なった作業環境で仕事をしています。年齢も20代から60代まで広く分布します。その多くの方が疾病や外傷など就労の妨げとなる肉体的問題に遭遇した経験を有すると思います。腰痛もその肉体的問題のひとつですが,腰痛による就労不能がもたらす時間的,経済的損失は多くの疾患のなかでも最大の部類に入るといわれます。この腰痛の原因も実に多様で,特定できない場合も少なくありません。腰椎の椎間板ヘルニア,腫瘍や炎症あるいは外傷など,あきらかな背椎病変に起因することも少なくはありませんが,むしろ腰椎周辺の筋肉の疲労や腰椎への異常ストレスなど日常生活動作に原因があることの方が多いかもしれません。この筋肉疲労や異常ストレスには作業環境が大きくかかわります。同一姿勢での長時間の作業,腰椎の前屈・後屈動作の繰り返し,作業テーブルの高さ,重量物挙上時の姿勢などが直接関係します。また坐位作業の場合,椅子の性状が関わります。 前屈姿勢の保持には腰部の背筋の強い収縮が必要であり,この姿勢を長時間続けることや繰り返しは背筋の疲労を,強い腰痛の原因になりかねません。作業台を腰の位置にすることでこの種のストレスを軽減できます。重量物を持ち上げる動作には腰部背筋の強い収縮が必要であり,椎骨や椎骨と椎骨の間に介在する椎間板には非常に強い外力が加わります。この動作により慢性的腰痛が生じることもありますし,ときにはいわゆる“ぎっくり腰”という急性腰痛症が生じることもあります。この防止には,重量物の移動の際,垂直移動をできるだけ回避することが重要です。これには重量物の保管場所の高さが関係します。具体的には,床の上からテーブルの上への移動の際には背筋への大きな負担が生じますが,ある程度の高さにある重量物の水平方向への移動は垂直移動よりは腰への負担ははるかに少ないわけです。頻繁に移動が必要な重量物はある程度の高さのある場所に保管されるべきです。 長い時間,立位作業の必要な職種の場合,作業者個人の身長に適した作業台が望ましいことは明白です。身長の高い人が,低い作業台で作業をすると,どうしても腰椎は前屈位となり,腰痛の原因となります。理想的には個人に適した高さの作業台が望ましいのですが,経費の面で非現実的です。作業台の高さを高身長の人にあわせ,低身長のひとが使用するときは,身長を補正する台を使用するほうが現実的でしょう。 作業環境の整備の他,腰痛の防止策として重要な意義を有するのは腹筋,背筋の強化です。腰椎に限らず,多くの椎骨の連続である脊柱は非常にflexibleな器管で,それを安定化させるのは傍脊柱筋です。傍脊柱筋,特に腹筋と背筋の虚弱化は椎骨・椎間板へのストレス増大を招き,腰痛の一因となります。皆さん作業環境を整え,腹筋,背筋を強化して,腰痛のない快適な作業生活を送りましょう。 |
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札幌キャンパス安全衛生委員会 鐙 邦芳(産業医) |