「ウワッ」,自分の体の自由が効かなくなり宙に浮いていたのはほんの数秒だった。突然目の前に現れた観測用の風船を避けようとパイロットが操縦桿を握ったため,観測用の航空機は,急降下したのである。このような事態を防ぐため,観測用のものに限らず航空機では機内のあらゆるものを固定しておかなければならない。航空機を利用したことのある人なら,自分自身の座席への固定を強制されることは経験済みだろう。「お座席にお着きの時には腰の位置でしっかりとシートベルトをお締め下さいますよう…」というのはもちろん突然の速度変化で人間が飛んでいってしまわないための予防である。
観測用航空機でも人間が飛ぶほどの事態はそうそうないが,細かなものが飛んでいってしまう程度の揺れは日常茶飯事である。ネジなどの金属製品が飛んでいって配電盤など電源部分に触れると,ショートで出火し密閉空間内の航空機はあっという間に煙やガスが充満してしまう。このような緊急事態になれば悠長に飛んでいるわけにはいかなくなる。そんなわけで,飛行中にネジがゆるまないように,航空機用のネジは通常のものとは違って,「締め初め」から「締め終わり」までずっと力を入れて回し続けなければならないようなものになっている。
また,観測準備のため航空機内で作業している最中にネジが行方不明になったりするのも禁物である。ひとたび無くなると狭く,暗い機内で延々と探さなければ飛行中にどんなトラブルの原因になるかわからないのである。そのため,無くなったものを見つけやすいように,床を明るい色にして異物が目立つような工夫をしている所もあった。
航空機は飛行時にものが飛んではいけないので全て固定するわけだが,機内にないはずのものがあったりすると,「固定」以前の話となる。離陸後に「どうしてこんなものがあるの?」ということは許されない。観測用航空機では,それぞれの観測をおこなう研究者が実験室を機内に持ち込んでいる状態なので,観測準備時には当然ドライバーをはじめとする工具類を持ち込んでいる。これらの置き忘れを防止するためには,「本来あるべき場所から持っていかれている」状態が一目でわかるようになっていればよい。工具箱の中にあらゆるものがごちゃごちゃ入っていては当然無理である。一つ一つの工具が平面上に並べられ,それぞれの格納場所が決まっており,そこになければ一目でわかるような型枠に保管さていれば完璧である。工具が出張中には,型の中身である工具がなくなり空き状態になっている。さらに,使用中の人の名札がそこに置いてあれば,誰がもっていったかを確認する手間もいらなくなる。もちろん,このような整理をするためには工具を重ねずに置けるスペースが必要である。
航空機は常に動き,ものが飛んでいってしまう可能性があるため,これだけ厳重に固定したり,ものの管理をしているわけだが,実験室もひとたび地震が来ればこれと同じ状況である。棚から薬品や重量物が落下し,固定していない器具が床を走り回る,このような事態を未然に防ぐために日常的にいわれている「固定」をもう一度見直してみるのはいかがだろうか。もちろん地震に備えて「あなたの席にもシートベルトを」とまでは言わないが。
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