少なくてもかつては「北大は野外調査に強い」という評価のようなものがあった
(or 今でもある?)。入れ物である大学がどうのこうのというよりも,野外調査に強い感動を覚える人たち,好奇心にあふれ,探検や冒険に憧れる子供のような精神をもった沢山の人たちが北大にいたからだろう。私が所属する専攻の前身は地質学鉱物学科という名称で,やはりその典型のようなところであった。日高山脈など北海道内外の,どちらかというと調査自体に困難が伴うような場所の地質や岩石を精力的に研究する人たちが沢山いたし,ヒマラヤや南極・北極といった,これまた常人には近づき難い領域の地球科学的研究のパイオニアも多数出現した。学生諸君は見ていないと思うが,高倉 健が主演した映画「南極物語」にもその一端が出てくる。
野外調査・研究は大変である。野外だけで研究が完結することはなく,引き続いて実験室内で実験を行うことが普通なので費用も時間も余計にかかる。ところで,野外調査で危険に遭遇する確率は実験室で行われる研究の場合に比べて相当高いに違いない。もちろん,実験室内とは大いに異なり,野外の様々な条件を人間がコントロールすることは不可能だし,直ちに安全な「実験室の外」に避難することも難しいからだ。
野外での調査・研究は様々なアプローチのうちの1つに過ぎないから,別の方法を選ぶことも不可能ではないし,そのほうが賢いようにも見えることもある。しかし,例えば地球科学のように,それ抜きに健全な発展がありえない学問分野もあるから,完全に放棄するわけにはいかない。
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私自身のことをいうと,学生時代には山岳部で山登りに明け暮れていたのだが,その特技をいかしたというわけでもないが,大学院以降は日高山脈・北アルプス・カラコルム山脈・オマーン山脈などで調査を行ってきた。最近ではインド洋や大西洋の深海底掘削航海や潜航調査にも加わっている。
さて,野外調査の際の危険にどう対処するのか,あるいは事故が発生した場合にどう対処するのか,その制度的な方策は,現時点ではまだ十分に整備されていないようにみえる。例えば,北大全体に通用する,完全な野外調査用「安全の手引」は多分ない。
もちろん制度的方策の確立は当然である。しかし同時に野外で調査・研究をおこなう人たちの日常的な準備が不可欠であることはいうまでもない。その場合,多分最も重要なのは,何が危険なのかをきちんと知ることである。野外調査に限ったことではないが,危険に無知であることが事故の最大の原因となる。それに,都会での生活になれた人間にとっては野外にいること自体がストレスとなり,じっとしていても肉体的・精神的に消耗する。野外に存在する危険を知るとともに,野外の生活を楽しむことができるレベルに自分を近づける不断の努力と経験の蓄積が必要である。かるがると野外調査をこなす若い人たちがこれから先もこの大学に出現し続けるだろうと私は思う。いろんな意味で野外調査は楽しくてexcitingであり,そしてそれは好奇心あふれる若い人たちが追い求めるものだからだ。 |