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大分水嶺山脈を越えて
渡 邊 暉 夫 |
オーストラリアは世界一小さい大陸であり,世界一平坦な大陸である。オーストラリアの大部分は,どこまでも広がる砂漠とまばらな草原である。最高峰のコジオスコ山は,東海岸を縁どる大分水嶺山脈南部のオーストラリア・アルプスと呼ばれる山岳地帯にあるが,標高は2,230mに過ぎない。この山はシドニーとメルボルンのほぼ中間点にある。真偽のほどは明らかではないが,ハイヒールをはいて階段を登っているうちに頂上に到達すると,私の友人は笑いながら語ってくれたことがある。大分水嶺山脈とは名前は如何にも大袈裟だが,多くの場合,どこが分水嶺かわからない台地(Tableland)を含んで山脈と呼ばれている。シドニーからキャンベラへ車を走らせていると,キャンベラ近くになって台地の緩い坂道を登ったり,下ったりする。その中のちょっとした坂道に「Great Diving Range」という案内板を見つけると,オーストラリア人でも「オーッ」と奇声を発して首をすくめる。それほど「Great」という名前が不釣り合いな緩い坂である。
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写真1 エレンボロウの滝(ニューサウスウェールズ州東部,ニューイングランド山脈山中) | 写真2 カンガルーは好奇心が強く,安全な距離を保って,我々をじっと見る |
とはいえ,分水嶺の東西での地形の変化は,場所によっては際立っている。シドニー郊外にある有名なブルーマウンテンは大分水嶺の東にあって急崖の続く壮観な地形が楽しめる。Three
sistersという尖峰が三つ連なる地形は有名で,観光写真にはよく出てくる。ブルーマウンテンは2億年以前の砂岩層がほぼ水平な姿を保ったままで,谷が深くえぐられて形成された。シドニーの北にあるニューイングランド山脈も地形が急変する。この東の山中には,時に見事な滝がかかっている。写真1はシドニーの250kmほど北にある海沿いの町タリー(Taree)から北西に向かった山中にある滝で,高さは100mにせまる。周囲はRain Forest(雨林)の鬱蒼とした森である。このような深い谷を登って奥地を極めることは,150年ほど前には盛んに行われていたらしい。ニューイングランド山脈を横切るオックスレイ・ハイウエーは当時の探検家Oxleyの名前をとったものである。この急峻な谷地形の西に広がる山地は牛や馬の放牧場になっているのだから,拍子抜けがしてしまう。
この分水嶺から西へ流れる長大な川はかつて「幻の内陸海」を想定させた。分水嶺を越えて西にゆくと,どこまでも草原や灌木が続き,カンガルーとエミューの住む平地が広がる(写真2)。ニューサウスウエールズ州の西は半砂漠地帯であり,ブロークンヒルという我々には鉛で良く知られた鉱山町がある。一歩町から外へ出ると,すれちがう車もぐっと少なくなる。12月にブロークンヒル周辺の調査をすると言ったら,シドニーで世話になっていた家では,あそこは灼熱地獄だから,決してメインルートから外れるなときつく注意された。しかし,地質調査でメインルートを取っていては仕事にならない。事前に牧場の持ち主に断わって,道も定かではない平地や丘陵を4駆で走り回る。しかし,これは確かに危険である。平地で道を外れると容易に元のメインルートが見つからない。道がわからなくなってからさほど時間がたっていないのに,焦りと恐怖心が襲ってくる。こんな時はただひたすら真直ぐ走るしかない。また,運が悪ければ死が隣り合わせにあることを実感する。昨年の12月の調査では同じ日に2回も車のタイヤがパンクした。1回目はまだしも,2回目はもう交換するタイヤがなかった。幸い町から6〜7kmしか離れていなかったので,30度を越える炎天の中,仲間が徒歩で救援を求めに行った。日が暮れる前に救助の車が来てくれた。パンクする場所が悪かったら,つまり,町から100kmも離れていたら,炎天下で,体は相当衰弱したであろう。あるいは命の保障はなかったかもしれない。半砂漠地帯での調査では1日700〜800kmは平気で走るのだから,最低2台の車が必要だ。
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写真3 蜃気楼と竜巻は午後には必ず現れる (ニューサウスウェールズ州西部) | 写真4 堆積岩をくりぬいた地下ホテルの大広間 (ニューサウスウェールズ州西部,ホワイト・クリフ) |
このブロークンヒル周辺の半砂漠地帯の調査では,午後になると必ず竜巻が現れ,その先には美しい湖とそこに浮かぶ白い崖と木立が見えた(写真3)。Mirageである。白い崖はホワイト・クリフという町を象徴する中生代白亜紀の堆積岩である。ブロークンヒルの鉱物資源局のミルズ博士がニヤニヤ笑いながら紹介してくれたアンダーグランド・ホテルは小高い丘の地下にあって,この堆積岩を掘抜いたものであった(写真4)。夏は涼しくて快適である。
オーストラリアでは,日本では得難いアウトドアを楽しむことが出来る。ここで紹介したのは,グダーイ(Good day)の国のまだ東の端に過ぎない。
(わたなべ てるお, 大学院理学研究科教授)
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