エルム街の偉人たち

加藤たばこ店 店主

加 藤 フ サ(かとう・ふさ)さん

 ここ北大界隈には,何十年来,北大生と関わり続けているオッチャンやオバチャン達がたくさんいる。そんな北大生とオッチャン達とのふれあいやエピソードを紹介しよう。


 ここ北大界隈には,何十年来,北大生と関わり続けているオッチャンやオバチャン達がたくさんいる。そんな北大生とオッチャン達とのふれあいやエピソードを紹介しよう。
 「たばこ屋のオバチャン」。古き良き時代を象徴する言葉かもしれない。今では自販機かコンビニで買うのが普通となって久しいが,昔はちゃんとした「たばこ屋さん」があった。小さなガラスの小窓を開けて「オバチャン,ハイライト1個」「アイヨ,今日は天気がいいねえ」。何とも言えぬ暖かみを感じたものだ。
 ところが何とうれしい事に,そんな店がエルム街の界隈に未だ存在するのだ。北18西6。ナナメ通りにある「加藤たばこ店」である。
 店のオバチャンこと加藤フサさんは75才。小樽の生まれで昭和31年結婚に伴い,現在地にやってきた。そこで昭和7年からお姑さんがやっていた店を引き継ぎ,フサさん自身は41年間,先代からだと実に65年間,大正時代のモダン建築だったという外観をそのままに現在まで営まれている。
 「身体をこわしてから,ここ何年と大学の中には行ってなかったのよ。でも久しぶりに今年の大学祭の頃に行ってみたら,体育館の前で学生たちが寮歌を歌っていたの。懐かしかったわよ」「昔はしょっちゅう,このナナメ通りを学生たちが寮歌を歌いながら旧恵迪寮の方へ帰って行ったわ。飲み過ぎて,時には三角の交通標識を振り回して騒ぐなど悪さもしたげと『何やってるの〜』と怒鳴ると『はいっ』と言って素直にやめるのよ。かわいかったわねえ」
 付近のアパートにも学生が大勢住んでいたり,今の体育館,武道場の辺りに先生方の官舎があったりして,たくさんの人が店に来てくれた。そんなお客さんの2代目,3代目の人が現在の北大に何人もいる。また,フサさんが今通っている病院の先生にも『あの店のオバチャンかい』と言われたり,中には懐しがって会いに来てくれたり,電話をしてくる人もいるそうだ。「男の人は30才になったら顔が変わるの。ぐっと大人の顔になるから最初は分からなくて,話をしているうちにやっと思い出すのよ」(笑)
 「最近の若い人? 年寄りの話しを聞かないねえ。今の年寄りは口を開く人が少なくなったと言うけど,結局若い人が顔を横向けてしまうからなのよ。聞く耳を持ってくれたら,年寄りはいくらでも語り継ぎたいことがあるの。今の時代,そういう事って大事だと思うわよ」。フサさんは,先代から聞いたという,昭和11年に昭和天皇がここのナナメ通りを通って,近くにあった飛行場での陸・海軍大演習・観兵式に行ったという話を熱心にしてくれた。
 自販機が出回ってから,多くのたばこ店は次々と機械に切り替え店を閉めた。そうした中でフサさんは,商売にならずともお客さんと直接触れ合う事にこだわり,細々と店を続けてきた。しかし,その店ももうじき閉めなければならない。北18条道路整備計画の関係で近く工事が始まり,立ち退きにあってしまうためだ。近代化されていく中,また一つ「昔」が無くなって行くようで寂しい。
 「唯一の楽しみ」という,銭湯での常連客との「裸の付き合い」もできなくなるフサさん。「人生のほとんどをここで過ごしてきたんだもの,ここで死にたいわね…寮歌も聞けなくなるしね…」
 差し出されたケント・スーパーライト1個の上に,溢れるほどのお銭りが載っていたような気がした。

(夢 一夜)

 

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