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北海道の近代土木遺産と環境づくり
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1.市民がはじめた「橋」の保存運動
(1) 北海道開拓の先駆け,幌内鉄道の鉄橋里帰り運動
1880(明治13)年,日本で3番目,北海道で初の鉄道として開業した幌内鉄道では,アメリカ製の鉄橋(写真1)が輸入され,大正時代の中ごろまで使われていました。この鉄橋は増大する輸送量に対応できず栃木県の私鉄に払い下げられましたが,1996(平成8)年の3月まで110年以上も現役として使われました。この橋を高く評価した鉄道会社と橋梁会社は,撤去するにあたって北海道への里帰りを関係機関に働きかけていました。そのような話を聞いた岩見沢市のまちづくり団体の人達は里帰りと保存の運動を始めました。
(2) ひがし大雪のアーチ橋保存に取り組む人達
十勝の音更川の上流には,昭和10年代に作られたコンクリート製のアーチ橋(写真2)が大小10橋以上点在しています。これらは廃止となった国鉄士幌線で使われたもので,自然景観との調和を目指したこと,同種のアーチ橋建設の全国的な先駆けとなったことなどが高く評価されています。現在アーチ橋の取り壊しが始まり,それに対して地元上士幌の人達や土木技術者らから保存運動が始まりました。
(3) 全国的に広がる保存・活用運動
現在,50年以上前に作られた古い橋やトンネル,ダム,発電所などは「近代土木遺産」として日本中で高い関心が持たれ,保存や活用が積極的に取り組まれるようになってきました。岩見沢や上士幌の運動もその一つであり,市民主体という点から全国的にも新しい取り組みです。
2.地域の環境を作った近代土木遺産
なぜ,古い橋の保存などに関心が持たれているのでしょうか。
現在,江戸時代末期から第二次世界大戦終了時(1945年)までの間,日本が西洋化,近代化するなかで近代的手法で作られ,地域の生活環境や文化の変遷を端的に示す「もの」は近代化遺産と呼ばれ,全国的な関心が高まっています。NHKのミニ番組でさまざま紹介されているのを見たことがある人もいるでしょう。この近代化遺産の中でもインフラストラクチャー(略してインフラ)に関わるものは「近代土木遺産」と呼ばれています。
インフラとは,水道や下水道などの衛生施設,電気やガスなどのエネルギーを起こしたり輸送する施設,堤防など安全に暮らすための防災施設。人やものの移動をたやすくするような道路や鉄道,港や空港などの交通施設等,生活環境をつくる施設・設備の総称であり,わたしたちの日々の暮らし,地域の産業,文化を支えているものなのです。地域の歴史や文化は人々の暮らしや産業などさまざが互いに関連しあい長い年月をかけて培われるものです。したがって,「近代土木遺産」は,地域の歴史や文化の形成過程を伝える貴重な情報源,モニュメントといえます。
いま「近代土木遺産」の保存・活用に高い関心が持たれているのは,地域のアイデンティティともいうべき地域文化の形成,住民の連帯感やまちづくりを進める「カギ」であるという考え方,新しければ何でも良いという使い捨ての発想に対する反省などがあるからです。
3.北海道に残る近代土木遺産
北海道には,全国的に有名になった小樽運河をはじめ,日本で二番目の函館の水道施設,日本初の本格的外洋防波堤を持つ小樽港,立派な坑門意匠を持つ旭川の旧神居古潭隧道(写真3)や,戦前の橋梁建設技術の粋を集めた石狩川に架かる旭橋(写真4)等,有名無名,数多くの近代土木遺産が残っています。それらは皆,北海道の生活環境を作ってきたインフラであり,北海道の歴史を後世に伝える貴重な文化財なのです。
4.未来を生活環境を作るために
わたしたちは自然に働きかけ今日の環境を作ってきました。確かに便利で暮らしよい環境にはなりました。しかし,地域コミニュティの崩壊や資源の無駄遣い,地球規模の環境破壊など反省すべき点も数多くあります。このような時代こそ,これまでの環境整備の足跡を記録する「近代土木遺産」から学ぶべきことが多いのです。自分達の生活環境について「過去」「現在」「未来」の三者で情報を共有するための情報源,モニュメントである近代土木遺産を未来へ継承して行く取り組みは,残念ながら北海道では遅れています。また,若い人達の関心も低い現状があります。明日の環境をよりよいものとするためにも,ぜひ,近代土木遺産に関心を持っていただきたいと思います。
(こん なおゆき,北海道教育大学旭川校助教授)
(H.6.3月 工学研究科博士後期課程修了)