特集 今,北大生となって思うこと      
北の大地に憧れて
大 西 宏 昭

  街の向こうに山が見える札幌の風景は,都心から来た僕には良い意味で驚きだった。そして都心と比べると,高層ビルが無いために札幌の空は随分広いのである。そういう解放的な情景が非常に快くて,僕は地図を片手に足取りも軽く新居となる学生会館へ向かったのだった。
  4月5日の,午後1時のことである。
  僕が北大を目指したのは,北海道はもともと僕の出生地で親類も多く住み,そうした縁を大事にしたかったこともあるが,やはりその恵まれた環境で大学生活を送りたかったことが最大の理由である。僕にも目標はある。ただ,未来というのは常に茫漠としたものだ。その茫漠とした未来を,僕は北大で一つ一つ確実なものにしていこうと思ったのである。
  まあ簡単に言えば,僕は北大のスケールの大きさに惚れたのだ。
  ともあれ,僕は2年間の浪人生活に別れを告げ,一人の北大生として札幌の街に住むことになったのである。
  さて念願かなって無事北大生となった僕は,年齢差のある同級生とまともに付き合えるかと少々心配したが,それは取り越し苦労だった。
  我々のクラスは皆前夜祭を早々に抜け出すと,飲み屋でコンパをしてすぐに打ち解けてしまったのだった。知らぬ者同士が打ち解けるには一杯の酒に限る。我々は夜の11時頃まで騒いでいた。だから前夜祭の後半は,中央最前列の席が,頂度1クラス分ぽっかりと空いていたことになる。
  舞台から見ると,それは異様な光景だったらしい。
  入学式が終わると文学部の研修旅行で,そのすぐ後のクラスマッチが終わればもう5月だ。僕は美術部黒百合会に入部した。ゆくゆくは民俗学をやりたいので,柳田國男や,古典や考古学の講義を多く取り,またバランスを取ろうと思って,脳や遺伝や数学や宇宙の講義も取った。面白いものもあるし,取った後で余りの難しさにねを上げたものもある。レポートというのも最初はコツがつかめなくて,1枚書くのに夜中までかかったりした。イライラしている時分に,寮歌祭。
  祭自体も面白かったが,やはりその後のストームが良かった。ストームというのは楽しさと苦痛が同居している妙なものである。そして一旦巻き込まれるともう止められない。僕は食事等で時々休憩を挟んだものの,結局翌朝の5時半まで皆と踊り狂っていた。
  寮歌祭とくれば,次は北大祭であろう。応募したポスターが当選したが何の連絡もなかったので,僕は祭の前日に,そこら中に貼られた自分の作品に仰天することになる。
  クラスの店は鯛焼き屋だった。皆さんは首からピンクの鯛をぶら下げて,大声で売り文句を唱えて歩いていた変な男を覚えておられるであろうか。あれが,僕である。今から思うと恥ずかしい。僕は6月頃まで五月病を引きずっていたから,北大祭なる非日常が,一時的に鬱を躁に逆転させたのかもしれぬ。
  今僕は8月末の試験へ向け,専ら語学に励む日々。気の晴れない夜は,よく大学まで自転車をとばす。いつかの晩,星を見ていて,そのままメンストのポプラに激突してしまった。願わくは今年の夏の難逃れたれ。
  夏が終われば秋が来る。秋が終わると長い冬である。冬越しを経験せねば一人前の北大生とはいえまい。いずれにせよ僕の大学生活はまだ始まったばかりだ。これから起こるすべて,非常に楽しみなのである。
(おおにし ひろあき,文学部1年,神奈川県出身)  

 

メニューページに戻る