山を登る人達に

松 田   彊

 学生諸君の多くは,北海道の自然に憧れを抱いて北大に来たに違いない。しかし,一方では安易な気持ちで山に出かける人も多いようだ。その背景には,交通網の発達で,簡単に山奥まで行けるようになったこと。また,装備や食料が発達したこと。そして,親切過ぎるとも思えるルートなどに関する情報があげられる。
 これらのことはもちろん悪いことではないが,反面では大きな落とし穴があるようにも思える。何故かと言えば,これらの便利さや他人の情報が,自分達の経験不足をカバーしてしまうことになるからだ。そして次第に,難しいことと易しいことの区別が付かなくなってしまう。経験したルートでも,状況によっては再び行けるとは限らない。山登りというものは,実力ともに運が大きく左右するものである。全くの素人だって体力と運さえあれば,エレベストの頂上にも立てる時代なのだ。実力とは経験の積み重ねであり,難しいことと易しいことの区別ができる力である。
 そんなわけで,計画から下山までの手順を記してみた。諸君も自分達の行動をチェックしてほしい。

 1.メンバーとルートの選定:そもそも計画の基本は,予想される最悪の状況でも全員が下山できることにある。いかに優秀なリーダーがいても,計画は最も弱いメンバーに合わせるべきであろう。そして,未知の領域をなるべく少なくすること。大切なことは,稜線などを長く歩く場合,状況によっては途中から安全に下山できるルートを確保しておくことである。逃げ道が無い長いルートは避けなければならない。
 2.食料,装備など:順調にいった場合の日数に,プラスして予備の食料などを持つことにする。何日分を余計に持つかは,その地域における天候のデータなどの情報が基になる。また,少量でよいから,高カロリーの非常食を常に携帯する事を勧めたい。
 3.計画の周地:さて,計画ができたら以上のことを記した計画書を,友人などの信頼できる人と関係機関に提出することを忘れてはならない。本人がどんなに簡単に思っていても,少なくとも人のいない場所に行くときには必要なことである。明確にすることは最終下山日である。留守番役を頼まれた人は責任を持って下山の確認をしなければならない。計画書にはこの人の連絡場所も記入する必要がある。
 4.行動:当然のことだが,無理をしないことである。無理とは,メンバーの経験と知識を越えることであり,越えるとすれば,安全の枠内での少しの無理でなければならない。これが訓練である。本番と訓練を混同してはいけない。いずれにしても,イザという時のサバイバル技術を習得しておくべきであろう。イグルーや雪洞の作り方は,キャンパス内でも練習できる。難しいことをするには,事前の訓練が必要なのである。
 5.下山してから:期日内に下山したら,直ちに留守番の人に連絡する。これをもって登山が完結する。最終下山日に連絡がなければ,捜索活動が始まることになるだろう。

 どんなに経験と知識があっても,思いもかけない事故は起こる。だからこそ慎重に行動しなければならない。残念ながら北大でも多くの学生が山で死んでいる。以下の文は1965年3月に日高山脈において,雪崩で逝った沢田さんの遺書の抜粋である。
 「何が無くなっても命だけあれば沢山だ。死を目の前にしてそう感ずる。親より早く死ぬのは最大の情けない気持ちだ。お母さんごめんなさい。今まで育ててくれたつぐないをなさずに,先にいってしまうなんて」
 若くして死ぬことは,本人はもちろん,残された人達も無念でたまらないものだ。学生諸君には,きちんとした計画による,慎重で楽しい山登りをしてほしい。

(まつだ きょう,農学部附属演習林長 〔教授〕,山岳部顧問)

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