文学研究科 山岸 俊男

心の文化・生態学的基盤に関する研究拠点

 過去10年間に、人間・社会科学は急速に新しい展開を開始した。2002年度のノーベル経済学賞を、行動経済学の生みの親の一人である心理学者ダニエル・カーネマンと、実験経済学の中心的担い手であり、進化的基盤にもとづく心の制約を経済学の観点から探求するバーノン・スミスが受賞したことは、この新しい展開のひとつの表れである。我々の21世紀COEプロジェクト「心の文化・生態学的基盤に関する研究拠点」は、人間・社会科学のこの新しい展開に、「心の本質的社会性」――つまり人間の「心」は社会環境への適応の道具であるという事実――を核に、一つの方向付けを与えることをめざしている。
 感情を含めた人間の心理・行動システムが生態学的環境、特に社会的環境への適応系として存在していることは、今日では多くの認知科学者に受け入れられている基本的な枠組みである。しかし多くの認知科学者は、この枠組みを受け入れつつ、「心」と社会的環境の間のダイナミックな相互構成関係という観点から、心理・行動システムの特性を統合的に捉えなおす作業を行っていない。我々のプロジェクトは、「本質的に社会的な存在」として人間性を捉え、心と社会との相互構成関係についての科学的な探求を進めることで、従来の認知科学の限界を乗り越えるとともに、認知科学と社会科学との橋渡しへの道筋を明らかにすることを目的としている。



4つの研究テーマ
山岸 俊男(やまぎし としお)

1948年生まれ。一橋大学社会学部卒。同大学大学院博士課程修了。ワシントン大学社会学博士。ワシントン大学研究員、北海道大学助教授、ワシントン大学助教授を経て、現在北海道大学大学院文学研究科教授、ワシントン大学盟員教授。専門、社会心理学。集団過程、信頼、社会的知性などについて、マイクロマクロの視点から理論的・実証的研究を推進。研究成果は、心理学、社会学、経済学、経営学、政治学、法学、情報科学、生物学などの国際的研究誌などで広く引用されている。



・亀田 達也 ・川端 康弘 ・安達真由美
・菱谷 晋介 ・阿部 純一 ・瀧川 哲夫
・石井 敬子 ・佐藤 公治 ・石黒 広昭
・室橋 春光 ・片山 純一 ・高橋 伸幸
・結城 雅樹 ・煎本  孝 ・佐々木 亨
・小杉  康 ・大沼  進 ・眞嶋 良全
 
 本研究計画の特徴を端的に示すキーワードは、「心の社会性」と「自律的なエージェントの相互作用が生み出すマクロ・パターン」の2つである。そして我々がめざす研究の目的は、「高度の社会性」を備えた心が文化・社会制度・規範などの「マクロな社会パターン」への適応過程を通して形成される一方、「マクロな社会パターン」自体も「社会的な心」を備えたエージェントの相互作用が生み出すという、心と社会の間のダイナミックな相互構成過程の解明である。
 上述の目標の達成にあたって、図に示された4つの研究テーマを中心として研究を行う。これらの研究では、これまで漠然と文化・規範・価値・慣習などと呼ばれてきたマクロな複合体が、自律的な主体(エージェント)の間の動的なインタラクションによって創発すること(マイクロ→マクロ過程)、同時に、主体の行動を規定する認知・感情システム自体がマクロな適応課題への適応・進化の産物であること(マクロ→マイクロ過程)を、理論的・実証的に示す。4つの研究の柱は、こうした全体的な目的のもと、人間が解くべき個々の適応課題を特定し、それぞれの課題に対応するマイクロ=マクロ・ダイナミックスを究明しようとするものである。共通する重要な特徴は、単一の方法論に依存するのではなく、多様なアプローチを有機的に併用することで、研究結果の信頼性を高めるための努力がなされる点にある。具体的には、@進化ゲーム理論・進化アルゴリズムに基づく数学モデルやコンピュータ・シミュレーションにより経験的に検証されるべき命題を理論的に演繹し、Aそれらの命題を国際比較を含む実験や質問紙調査、フィールドワークにより組織的に検証し、B得られた結果を理論モデルにフィードバックするという一連の研究プロセスが展開される。この目的に向けて、インターネットを介した国際的な共同実験ネットワークのシステムを構築・整備する。
 また、若手研究者の育成のため、海外の研究拠点との交流体制を一層推進し、大学院生、ポストドクトラル研究員等の交流を進めると同時に、海外からの短期招聘研究者との研究・教育上の交流を含めたかたちで、国際的教育展開を積極的に推進する。大学院生の教育にあたっては、教育と研究とを一体化し、教官と大学院生とが構成する研究チームを大学院教育の中心に据える。大学院生は研究チームの一員として研究の一翼をにない、また担当分の研究成果を国際学会や国際学術誌に発表することを奨励する。
国際共同実験室



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