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スラブ研究センター夏期国際シンポジウム

 7月10日から13日にかけて,スラブ研究センター夏期国際シンポジウム「スラブ・ユーラシアにおける国民史の構築と脱構築」が,センター大会議室などを会場に開催されました。このシンポジウムは文部科学省の国際シンポジウム開催経費によるもので,学術振興会科学研究費補助金基盤研究A「東欧・中央ユーラシアの近代とネイション」(代表:林忠行)と国立民族博物館地域研究企画交流センターとスラブ研究センターの連携研究「スラブ・ユーラシアにおける国家とエスニシティ」(代表:井上紘一,帯谷知可)のふたつの研究グループが組織運営を担当しました。
 このシンポジウムは,1)最近のスラブ・ユーラシア(旧ソ連・東欧地域)における「国民史叙述」の動向,2)「国民史叙述」という営みの批判的検討,3)「国民/民族意識形成史」についての新しい視角からの研究を主要なテーマとしていました。
 この10年余の時期にスラブ・ユーラシアでは共産党体制の崩壊に伴う政治経済変動を経験し,それと連動してこの地域を構成していた3つの連邦国家−ソ連,ユーゴスラヴィア,チェコスロヴァキア−が崩壊しました。その結果,この地域では新たに国家と国民の形成が課題となり,またそれに伴う多くの悲惨な内戦も経験しました。こうした過程の中で,いわば「国民形成」の重要な一部として各国で新しい「国民史」叙述の試みがなされています。
 それと同時に,1970年代からのナショナリズム研究の成果をふまえて,構築主義的な視角から「国民史」叙述という営みそのものを批判的に再検討しようとする潮流も現れています。さらに,そうした理論研究を意識しながら近代におけるそれぞれの地域での国民/民族意識形成の過程を,新たに使用可能となった資料などに依拠しながら検討を進めようとする研究も現れています。今回のシンポジウムはこのような研究動向をふまえて,スラブ・ユーラシアでの「国民史叙述」をめぐる問題と,この地域の様々な国民/民族意識形成研究の新しい試みを主要テーマとしました。
 また,このシンポジウムでは政治史や社会史という分野だけでなく,文学史や美術史という分野にも視野を広げるという試みも行いました。「国民史」叙述や「国民/民族意識形成」という問題は文学,美術,音楽など様々な芸術運動とかかわり,またそこでは記号論的な検討も必要だからです。ディシプリンをこえた研究と議論が容易ではないということは改めて感じましたが,そうした学際研究の可能性のひとつは示すことができたように思えます。
 報告者は,ロシアから3名,米国,ブルガリアから各2名,チェコ,オーストリアから各1名に,日本人が4名という構成で,さらに予定討論者として11名の日本人と,1名の米国人が参加しました。また,学内外から外国人を含む100名ほどの一般の参加者があり,報告を熱心に聞くと同時に,その後の討論にも活発に加わっていました。
 歴史の方法論を強く意識したシンポジウムというのは,センターではこれまでに経験がなく,報告と討論ともに刺激的なものでありました。また,外国人参加者たちもおおむねシンポジウム開催の趣旨に共感を示してくれて,議論を盛り上げてくれました。しかし,同時に主催者側にも参加者側にも消化不良の部分があったことも否定できません。そうした問題を含めて,こうした試みはこれからのスラブ研究センターの研究の方向を考える上でも意義のあるものであったと考えます。

(スラブ研究センター)

シンポジウム特別講演 シンポジウムセッション風景
シンポジウム特別講演
シンポジウムセッション風景