名誉教授 太田 亨氏は,平成14年11月16日午前2時25分函館市立病院にて右腎盂癌のため満67歳で御逝去されました。ここに先生の生前の御功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
同人は昭和10年7月31日北海道空知郡三笠山村(現在の三笠市)に生まれ,昭和34年3月北海道大学水産学部水産製造学科を卒業後,民間会社勤務を経て,同35年11月北海道大学水産学部教務員に採用されました。その後,同36年4月同大学助手,同52年4月同大学助教授を経て,平成4年4月同大学教授に昇任し,水産化学科魚油化学講座(学部改組により平成7年4月に海洋生物資源化学科生物機能化学講座となる)を担当,平成11年3月31日をもって停年により退官され,同4月に北海道大学名誉教授の称号を授与されました。
この間,同人は,水産化学,特に脂質化学の研究に専心し,水圏生物脂質に関して幾多の業績を残した他,学部,大学院生の教育,指導に尽力し多数の有為な人材を育成してきました。
同人の水圏生物脂質に関する基礎的及び応用的研究は多岐にわたりますが,「魚類の生活史における脂肪代謝に関する研究」では,各種魚類の幼魚期から成魚期に至る過程での脂質成分の変動を詳細に調べ,成長,成熟に脂質が大きく関与すること,また,それらの変動が単に外部環境(水温,餌)によって影響されるばかりでなく,生理,生態的な変化と密接な関係にあることを明確にしました。これらの成果は魚類の増養殖技術の改善にも貢献しており,関連分野で高い評価を得ています。
「水産生物脂質における特異構造脂質の構造と機能に関する研究」では,海洋脂質に存在する通常の脂質成分の他に,特異な構造をもつ分鎖脂肪酸,フラン酸および超長鎖脂肪酸について新規物質の発見など構造分析に専念するとともに,起源や生体組織における分布および代謝についても先駆的な研究を行いました。さらに,これら特異構造脂肪酸の挙動が魚類の生理的変化を考察するための一つの指標として利用できることを明らかにしました。
「海洋脂質の立体構造に関する研究」では,キラルクロマトグラフィーによる脂質の立体特異分析法を確立し,EPA,DHAなど魚類トリアシルグリセロールを構成する多数の脂肪酸の分子中での不斉分布の詳細を明らかにする先駆的な研究を行いました。また,地球環境の保全と実験者の健康を守る観点から,分析試料と有害物質の使用量を最小限に抑える微量分析法の開発に取り組み,海洋脂質成分分析のフェルムトモルレベルでの高感度化に成功しました。
「不飽和油脂の酸化安定性に関する研究」では,これまで酸化に対して不安定と考えられていたDHAやEPAなどの海洋脂質が,水分散系では極めて安定となることを明らかにしました。また,細胞膜モデルとしてのりリポソームにおいてもDHAやEPAの酸化安定性は他の高度不飽和脂肪酸よりも高いことを見出し,生体内でこれら機能性脂質がそれほど酸化されることなくその活性を発現していることを示しました。これらDHAやEPAの酸化安定性に関する先駆的な研究は食品工業や医薬品開発の分野にも有益な情報を提供するものとして高い評価を得ています。
このように,同人は永年にわたって学術研究の発展,教育の推進のみならず,優れた人材の養成,さらに大学および学部の管理運営における貢献は著しいものがあります。
ここに先生の御冥福を心よりお祈り申し上げます。
(水産科学研究科・水産学部)
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