名誉教授 松下三十郎氏は,入院加療中のところ平成16年1月24日午後11時36分に肺炎のため御逝去されました。ここに先生の生前の御功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
先生は,大正7年8月31日奈良県に生まれ,昭和18年9月北海道帝国大学理学部化学科を卒業し,直ちに2か年の兵役に服した後,昭和20年10月北海道帝国大学触媒化学研究所研究補助嘱託,同23年3月同大学大学院特別研究生第1期修了,同23年4月北海道大学触媒研究所研究員を経て,同25年11月同大学理学部助教授に就任されました。同39年4月理学部化学第二学科の新設に伴い,平衡論講座担当助教授となり,同40年3月同教授に昇任されました。昭和57年4月定年により北海道大学を退官され,同大学名誉教授の称号を授与されました。
先生は永年にわたって化学の教育と研究に努められ,特に触媒化学及び表面化学の分野で先駆的な業績を残されました。その業績の中心は触媒表面の吸着種,化学反応中間体の直接的観測とその定量的解析であります。触媒表面でどのようにして化学反応が進行しているかを分子レベルで知ることは,触媒化学及び反応化学の中心的課題でありますが,吸着化学種の直接的観測は極めて難しく,1950年代半ばまでは,反応の動力学によりその状態を推測するのにとどまっていました。このような情況の中で,先生は,気体や液体の分子の構造決定に用いられていた赤外分光法を触媒表面の研究に適用することを企画され,種々の困難を克服していくつかの顕著な成果を挙げられました。その第一は,鉄触媒上のアンモニア分子の合成あるいは分解過程で,触媒表面上に中間体として吸着アミノ基及びイミノ基が形成されることを直接観測により世界で初めて実証したことであります。これは,アンモニア分子の合成及び分解過程の反応機構の確立に決定的な寄与を果たしたもので,昭和38年米国ニューハンプシャー州で開催されたゴードン会議において招待講演として公表され,世界の触媒化学者に大きなインパクトを与えました。また,酸化亜鉛上に吸着した炭酸ガス分子の吸着の様子を赤外分光法によって明らかにするとともに,吸着に伴う半導体的性質の変化を赤外分光法によって評価するという新しい方法を提案されました。
以上のように,先生は従来一般に不可能と考えられていた困難な実験に取り組み,不屈の情熱で幾多の困難を克服し,質の高いユニークな業績を挙げられました。今日でこそ赤外分光法はその後の測定機器の飛躍的な発展によって触媒化学研究の必須の手段となり,わが国でも広く使われていますが,先生のご研究はこれらの先駆けとなったものであります。厳格な実験化学者としての先生は,また後進学生にも強い独自性の発揮と実験の厳密性の追求を求めて涵養に努め,多大の影響を与えました。
先生は,これらの永年の功績により平成4年4月に勲三等旭日中綬章を授与されました。
このようにわが国の研究と教育の発展に貢献された先生を失ったことは痛恨の極みです。ここに先生の御冥福を心よりお祈り申し上げます。
(理学研究科・理学部)
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