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名誉教授 鈴木 章 氏に日本学士院賞

○鈴 木   章(すずきあきら) 氏○鈴 木   章(すずきあきら) 氏
 平成16年3月12日午後,学士院事務局から電話があり,図らずも日本学士院賞受賞の栄誉を拝受することになったことを知りました。
 私は昭和34年北大大学院理学研究科化学専攻博士課程(松本 毅先生)を修了し,同化学教室の助手を2年6ケ月勤めた後,当時新設された工学部合成化学工学科の伊藤光臣先生のお招きで有機合成化学講座の助教授として就任したのは36年10月でありました。その後,48年4月,元工学部長大塚 博先生の後任として,工学部応用化学科第3講座に移りました。従って,理学部で2年半,工学部32年半,計35年間北大に勤務したことになり,その間2年弱のアメリカ留学の期間と幾月かの外国滞在の期間を除いて,大部分の生活を北大で送ったわけです。これに学生時代の9年間を加えると,私の人生の大部分は北大とともにあったことになります。
 この間を振り返ると,実にいろいろなことがありました。辛かったことも楽しかったことも。しかし,辛かったこと,苦しかったことは,時の流れと共に消えてしまい,今はただ楽しかったこと,特に充実した40年の研究生活を続けることができたことを嬉しく思います。
 私が北大で有機ホウ素化合物を用いる有機合成反応の研究をはじめるようになったのは,昭和40年アメリカPurdue大学のH. C. Brown先生(1979年のノーベル化学賞受賞者)のところから帰って来てからですが,それ以来,学生を含めた多くの共同研究者の協力と努力により大きな成果を挙げることができました。関係の皆様に心から感謝の意を捧げます。
 最近,研究の"Serendipity"という言葉がよく話題になりますが,その意味は,ありふれた事象から本質的なもの,大切なものを見抜くこと,とでも申しましょうか,画期的な研究を行うには大事なことと思われます。研究者には誰にでもこのSerendipity に遭遇する機会があると考えられます。しかし,その機会を生かすことができるかどうかは,偏ひとえに,その研究者の自然を直視する謙虚な心,小さな光をも見逃さない注意力と旺盛な研究意欲が必要であり,さらに加えて,神が与え賜う幸運が関係するように思います。しかし,ここではっきりいえることは,手を抜いては決して,やって来ることはないということです。
 北大の皆様の益々のご発展とご健闘を祈念いたします。

略 歴 等
生年月日 昭和5年9月12日
出  身 北海道鵡川町
昭和29年3月 北海道大学理学部化学科卒業
昭和31年3月 同大学大学院理学研究科修士課程修了
昭和34年3月 同大学大学院理学研究科博士課程(化学専攻)修了
理学博士
昭和34年4月 北海道大学理学部助手
昭和36年10月 北海道大学工学部合成化学工学科助教授
昭和38年7月 米国Purdue大学博士研究員(H.C.Brown教授,1979年ノーベル化学賞受賞者)
昭和40年3月
昭和48年4月 北海道大学工学部応用化学科教授
昭和63年5月 英国Wales大学招聘教授
平成6年3月 北海道大学停年退官
平成6年4月 北海道大学名誉教授
平成6年4月 岡山理科大学教授
平成7年4月 倉敷芸術科学大学教授
平成13年3月 米国Purdue大学招聘教授
平成14年3月 倉敷芸術科学大学定年退職
平成14年9月 台湾中央科学院及び台湾国立大学招聘教授


功 績 等

 本学名誉教授鈴木 章先生は平成16年3月,「パラジウム触媒を活用する新有機合成反応の研究」に関する貢献により,日本学士院賞を受賞されることが決まりました。
 先生は,昭和34年本学理学研究科博士課程を修了後,昭和36年工学部合成化学工学科助教授,昭和48年同応用化学科教授に昇任され,平成6年停年退官,その後平成6年から岡山理科大学教授,平成7年から平成14年まで倉敷芸術科学大学教授を務められ,先生のライフワークでありますホウ素化学の研究を展開されました。この間,昭和38年から2年間H. C. Brown研究室(米国Purdue大学)博士研究員として,有機ホウ素化合物の合成と利用に関する研究に従事,帰国後この分野をさらに発展させ世界をリードする多くの卓越した業績を挙げております。中でも1979年に報告されたパラジウム触媒を用いる有機ホウ素化合物のクロスカップリング反応は有機合成化学のみならず,触媒化学や材料科学などの広い分野に多大な影響を及ぼした御研究であり,今回の受賞理由となった“Suzuki coupling反応”として広く世界的に認知される新たな研究分野を開拓されました。反応は広範な一般性と実用性を有しており,leukotriene B4(佐藤史衛),DiHETE(Nicolau),chlorothricolide(Roush),rutamycin B(Evans),プロスタグランジン(Johnson),epothilone(Danishefsky),ciguatoxin(橘)など医薬品を含む数々の生理活性天然物合成に利用され,特に海産毒Palytoxinの全合成(岸,Harvard)の最終工程を可能にしたことにより世界的注目を浴びました。また,アリール型ボロン酸のカップリング反応を用いるビアリール化合物の合成法も特筆される御研究であり,近年注目されている芳香族系機能性分子や材料開発に多大の貢献を果たしました。アリールボロン酸は水・空気に安定で取り扱い易いこと,また反応は高い触媒効率,選択性や一般性を有していることから,医薬品・機能材料の探索研究や導電性高分子・LEDsなど分子設計に基づくπ-共役系高分子材料の開発を幅広く可能にし,米国メルク社における血圧降下薬losartan,またドイツメルク社やチッソ化学における液晶など工業的スケールでの製造法にも採用されております。これらの業績に対して,米国Weissberger-Williams Lectureship Award (1986),韓国化学会功労賞(1987),日本化学会賞(1989),米国DowElanco Lectureship Award (1995),the H. C. Brown Lecture Award (Purdue 大学, 2000),the 2001 Distinguished Lecture Award (Queen's 大学),有機合成化学協会特別賞 (2004) を受賞,またアルゼンチン有機化学会名誉会員 (2001) にも選ばれております。また,日本化学会副会長・理事・北海道支部長,有機合成化学協会東北・北海道支部長,ホウ素化学国際会議組織委員を務めるなど我が国の学術の発展,国際交流に顕著な貢献をはたしてこられました。

(工学研究科・工学部)


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