本日学位記授与式にご出席の皆さんが,所定の学業を修め,わが北海道大学から社会に巣立ち,あるいは大学院修士課程や博士課程に進学することに対しまして,心からお祝い申し上げます。また,このたび目出度く学位を得た皆さんを物心両面にわたって支えてこられた,ご参列のご家族の皆さまにはこれまでのご苦労に感謝の意を表させていただきます。
本年の学部卒業生は,文学部,教育学部,法学部,経済学部,理学部,医学部,歯学部,薬学部,工学部,農学部,獣医学部,水産学部の12の学部あわせて2,332名であります。大学院修士課程修了者は,今回,医学研究科の医科学専攻から初めて18名の方が修了されることになりましたので,文学研究科,教育学研究科,法学研究科,経済学研究科,理学研究科,医学研究科,薬学研究科,工学研究科,農学研究科,地球環境科学研究科,国際広報メディア研究科,水産科学研究科の12の研究科あわせて1,440名であります。このように日本の国立大学で最も数の多い学部および大学院研究科を擁し,そこで専門を異にする多様な将来性に富む人材を養成できますことは,北海道大学の誇るべき特色であると考えています。
学位記授与式に際し皆さんに改めて本学で4年間ないし6年間学んだ学問研究の意味を考えてもらいたいと願っております。
北海道大学は,昨年9月に「北海道大学の基本理念と長期目標」を定めました。教育研究に関わる基本理念の第一は「フロンティア精神」です。「フロンティア精神」は,クラーク先生が札幌農学校の開校式で唱えた“lofty
ambition”(高邁なる大志)という言葉を端緒とするものです。21世紀の現代においては,「学問におけるパラダイム転換や新たに提起される人類的課題に応え得る研究を不断に展開すること」を意味し,「学問の自由を基礎に,純理と応用の別を問わない創造性豊かな研究を推進する」ところにあります。「フロンティア精神」に基づく学問研究は,個々の研究者の営為でなされなければならないことはもちろんですが,本学では組織的には,各研究科や研究所,さらには北キャンパスに昨年最新の設備を持つ研究棟が建設された「創成科学研究機構」によって担われています。
学問研究に関わる基本理念として,「実学の重視」も北海道大学の特色とするものであります。「実学の重視」は,一つは,「現実世界と一体となった普遍的学問の創造としての研究」と,もう一つは,「基礎研究のみならず応用や実用化を重んじ研究成果の社会的還元を重視する」という二つの意味を含みつつ本学に定着した基本理念です。130年近い北海道大学の歴史における代表的な例として私どもが掲げていますのは,「北海道の広大な自然の中で行われた宮部金吾の植物の研究や中谷宇吉郎による雪の研究等は,身近な現象を芽として普遍的な真理を創造した研究の精華であった」ということであります。
1930年に設置された理学部の創設メンバーの一人で,低温科学研究所の創設者である中谷宇吉郎先生は,十勝岳や北大構内で観察を積み重ね,雪の結晶の分類を確立し,人工雪の製作という輝かしい学問的業績を残すとともに,千島および北海道の霧を消す研究,鉄道線路の凍上対策の研究など地域での応用のための研究にも功績を上げられました。中谷先生は,1954年に発表した「科学と国境」と題する論文の中で,実用化を目指す科学研究の重要性とその難しさを次のように指摘しています。
「科学が実際に役立つまでには,いろいろな段階がある。そして原理の発見は,そのほんの第一歩である。もちろん原理の発見なくしては,実用化はできない。しかし原理が分かれば,やがて実用化の時期が来るというような生易しいものではない。」「最初の原理の発見には,もちろん優れた頭脳による精神労働力を必要とする。しかしそれを実用化するには,少なくも量的には,それの数十倍,或は数百倍の精神労働力が必要である。この後の方の努力,即ち科学を実際の役に立てる仕事が,日本では,とかく軽視されがちであった。」
現在,北海道大学においては,知の創造から知の活用に至る研究体制の整備を図っていますが,知の活用の研究がいかに困難な仕事であるかについては,中谷先生の自らの実績を踏まえた50年前の指摘は今日でも妥当すると考えます。
もとより科学の実用化のためには,時間をかけた基礎研究が必要であることは当然のことであります。地味で,息の長い基礎研究が人間の生活の安全や福祉に役立つ応用研究へと発展した例として,二人の研究者の仕事を紹介いたします。
一人は,理学研究科の岡田弘教授です。岡田先生は,皆さんも記憶していることと思いますが,2000年3月に発生した有珠山噴火を予知し,住民の被害を最小限にとどめるという防災に大きな貢献をなされ,その研究は自然災害を防ぐ防災研究の世界的なモデルとして評価されています。有珠山噴火の予知には,岡田教授の20年にわたる有珠火山観測所でのフィールド研究の蓄積があったことを忘れてはなりません。
もう一人は,現在大きな話題になっている鳥インフルエンザの原因究明と防止対策で東奔西走の活躍をされている獣医学部長・獣医学研究科長を務める喜田宏教授です。喜田先生は,世界最高水準の研究教育拠点を形成するための文部科学省の事業である21世紀COEプログラムとして,北海道大学が昨年と今年2年間で10件採択されたプロジェクトの一つである「人獣共通感染症制圧のための研究開発」グループの中心メンバーでもあります。動物が人間のインフルエンザを媒介するという問題意識を持って20年以上にわたって,喜田先生はアラスカやシベリアをフィールドとして渡り鳥の調査を重ね,今日大きな研究成果をもたらしているわけであります。
ここで紹介した二つの研究は,地味で,手間のかかる基礎研究に基づいて人間の生活の安全や福祉に応用される研究を行うものでありますが,北の大地に根ざす北海道大学の研究活動の特色を表すとともに,大学にとって基礎研究と応用研究の両方が重要であることを示すものであります。研究を志す皆さんに,研究者の生き方について示唆することが多いのではないでしょうか。
大学院教育のなかで高度な専門職業人を養成することは,本学の重点施策であります。本年4月より専門職大学院として法科大学院が発足し,新入生を迎えますし,来年4月開校を目指して文理融合型の公共政策専門職大学院や会計専門職大学院を設置する準備も鋭意行っています。これらの大学院では職業経験のある社会人を相当な割合で迎えることになっております。学問の世界と実務界との乖離が克服すべき問題点の一つでありますが,専門職大学院の設置によって,学問の世界と実務界との交流がいっそう進んでいくのは間違いないことと思っています。
若年層の失業率が10パーセントにも及ぶという雇用情勢のもとで,卒業して職業に就く皆さんには,社会の要請が激しく変化するなかで自らのキャリアを絶えず磨くことを心がけてください。総合大学である北海道大学で学んだことが必ずや力になることでしょう。本日はそのための祝福すべき第一歩であります。日本の雇用制度の特徴である終身雇用制は,グローバル化社会のなかで新たな挑戦を受けていますが,仲間が連帯し,力を合わせてものづくりや活動に励むというNHK番組「プロジェクトX」がテーマとする世界を日本の雇用制度の伝統として保持していくべきものと考えますと同時に,皆さん一人一人がかけがえのない豊かな個性を持った「地上の星」として輝き続けることを願っております。
本年4月より本学は,国立大学法人北海道大学として新たに出発します。北海道大学が真に学生のための教育と世界水準の多様な研究の展開を図り,社会へ貢献する大学として卒業生の皆さんの誇りとなるように,法人化を契機として教職員一同がいっそうの努力をする所存でおります。運営経費の相当部分を国の財政支出に依存する北海道大学にあっては,社会との連携を深め,国民に説明責任を果たしていくことが必要でありますが,社会や国民との接点で要となるのが同窓生および同窓会です。法人化と同時に,既存の学部別同窓会および地区別同窓会組織を統合した北海道大学連合同窓会を結成することにしています。卒業する皆さんの力強いご支援をお願いします。
時代の大きな転換期にあって,若き皆さんが健康に留意され,本学の建学の精神である高邁な大志を抱き,志を高く持って地球社会のなかで逞しく活躍することを願って,私の告辞といたします。 |