人獣共通感染症リサーチセンター長・獣医学研究科教授 喜田 宏 博士に日本学士院賞
授賞対象研究:「インフルエンザ制圧のための基礎的研究−家禽,家畜およびヒトの新型インフルエンザウイルスの出現機構の解明と抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤の確立−」
功 績 等 日本学士院は,平成17年6月13日,本学の人獣共通感染症リサーチセンター長・大学院獣医学研究科教授 喜田 宏博士による「インフルエンザ制圧のための基礎的研究−家禽,家畜およびヒトの新型インフルエンザウイルスの出現機構の解明と抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤の確立−」の学術貢献に対し,日本学士院賞を授与しました。 喜田教授は,昭和51年に本学に赴任して以来,インフルエンザウイルスの生態学的研究に取組み,動物インフルエンザの疫学ならびに実験的研究を通じて,インフルエンザが人獣共通感染症であることを確定するとともに,自然界におけるウイルスの存続メカニズムと伝播(でんぱ)経路,抗原変異および新型ウイルスの出現機構,ならびに抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤を明らかにするなど,先駆的な研究を推進しています。さらに,インフルエンザ制圧のための国際共同研究を主導するとともに,多数の専門家を養成して,国内外に輩出してきました。 喜田教授は,ヒトと動物のインフルエンザAウイルス遺伝子の起源が,自然界の野生水禽(すいきん),特に渡りガモの腸内ウイルスにあることをつきとめました。すなわち,インフルエンザウイルスがカモの大腸陰窩を形成する上皮細胞で増殖して,糞便と共に排泄(はいせつ)され,水系伝播によって,カモの間で受け継がれていることを発見し,カモが,鳥類およびヒトを含む哺乳(ほにゅう)動物のインフルエンザAウイルス遺伝子の供給源であり,病原巣宿主であることを明らかにしました。さらに,ブタの呼吸器上皮細胞には,哺乳動物のウイルスのみならず,カモのウイルスに対するレセプターもあり,ブタがヒトのウイルスとカモのウイルスに同時感染すると,両ウイルスの遺伝子分節再集合体が生ずることを実証し,1968年のA/香港 (H3N2) 新型インフルエンザウイルスが,渡りガモ→アヒル→ブタ→ヒトの経路で出現したことを明らかにしました。 氏は次いで,アラスカ,シベリアおよび中国でインフルエンザウイルスの生態調査を実施して,北方圏のカモの営巣湖沼がインフルエンザウイルスの貯蔵庫になっていることをつきとめ,新型ウイルスの登場舞台である中国南部までカモによって運ばれるウイルスは,シベリアの湖沼に存続していることを明らかにしました。平成9年に香港で,ニワトリからヒトに感染した強毒H5N1インフルエンザウイルスもまた,シベリアから飛来するカモのウイルスであることを明らかにするとともに,シベリアから飛来したカモから分離した弱毒H5ウイルスを不活化して試製したワクチンをマウスおよびブタの鼻腔内に滴下すれば,全身および粘膜局所免疫を誘導して,平成9年に香港で家禽に出現した,H5N1強毒株の感染を防御することを実証しました。 また,抗体がウイルスの感染性を中和する新たなメカニズムを発見し,自然界,家禽,家畜およびヒトを含む生態系の中で,ウイルスの遺伝子再集合,分子進化と抗原変異が起こる機構を解明しました。 これらの知見に基づいて,同教授は,将来出現する可能性が高い高病原性鳥インフルエンザおよびヒトの新型インフルエンザウイルスの“先回り”対策を実現するため,動物インフルエンザの疫学調査を地球規模で実施して,新型ウイルスの出現を予知するとともに,調査で分離されるウイルスの中から,ワクチン株として的確な株を系統保存し,供給する「動物インフルエンザのグローバルサーベイランス計画」“Programme of Excellence in Influenza”を世界保健機関(WHO)および国際獣疫事務局(OIE)に提案し,インフルエンザの予防と制圧に向けた国際共同研究を主導しています。また,平成16年初頭,日本で79年振りに発生した,高病原性鳥インフルエンザの感染拡大を防止した,世界に誇れる実績は,喜田教授の適切かつ強力な指導によって平成15年に作成されていた,農林水産省家禽疾病対策マニュアルと専門委員会委員長としての卓越した指揮に負うものであることは,公知の事実となっています。一方,ヒトのインフルエンザのワクチン行政と新型インフルエンザ対策についても,氏は,見識の高い提言をしてきたことから,平成15年に厚生科学審議会委員,感染症分科会委員に任命され,特に,新型インフルエンザ対策に関する専門・技術的助言を行って,的確な行政の推進に貢献しています。 喜田教授の研究業績は,以上のように,獣医学,ウイルス学等への学術的貢献が顕著であるのみでなく,家畜衛生,公衆衛生,さらには予防医学等の応用分野の進歩に寄与するところが多大で,国際的にも,人獣共通感染症の疫学研究モデルを提示したものとして,極めて高く評価されています。氏は,昭和57年4月に「鳥類パラミクソウイルスの分類に関する研究」に対し,日本獣医学会賞,平成14年3月に「新型インフルエンザウイルスの出現機序の解明と対策に関する研究」に対し,北海道科学技術賞,平成16年11月に「鳥,動物とヒトインフルエンザウイルスの生態学的研究」に対し,北海道新聞文化賞,平成17年4月には,「インフルエンザウイルスの生態に関する研究」に対して日本農学賞・読売農学賞が授与されています。