訃報

名誉教授 戸田 正直(とだまさなお) 氏(享年82歳)
名誉教授 戸田 正直(とだまさなお) 氏(享年82歳)

 名誉教授 戸田正直氏は,平成18年9月5日,多臓器不全のため名古屋市昭和区の名古屋第二赤十字病院にて逝去されました。ここに,先生の生前の功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
 戸田正直先生は大正13年1月27日に岐阜県に生まれ,昭和21年9月に東京帝国大学理学部物理学科を卒業され,昭和27年3月に北海道大学文学部講師として赴任されました。昭和33年8月に助教授に昇任,昭和36年10月に文学博士(東京大学)の学位を得られた後,昭和41年5月に教授となられました。先生は,文学部行動科学科(現大学院文学研究科人間システム科学専攻)の創設にあたり当初から計画の中心的役割を果たし,昭和52年行動科学科創設後は,同学科教授として,認知情報学講座,数理行動学講座,社会生態学講座(兼担),社会心理学講座担任を相次いで務められ,同学科の発展に大きく寄与されました。
 昭和62年3月に北海道大学を停年退官(北海道大学名誉教授)の後,昭和62年4月には中京大学文学部教授,平成2年4月には同情報科学部教授に就任し,平成11年3月に退職の後,梅村学園(中京大学)学術顧問を務められました。
 戸田先生の研究分野は極めて多彩であり,そのいずれについても顕著な業績を残されました。主要な研究としては,意思決定の心理学に関する実験的及び理論的研究,時間の心理学的及び科学哲学的研究,感情についての理論的及び実験的研究などがあげられ,それぞれのテーマについて,世界的に注目された数多くの研究論文を著わしました。人間の心理は,しばしば複雑・非合理的であって,科学的な分析を受け付けないように考えられていますが,先生の研究はこの常識とは逆に,人間の心理をある特定の環境への適応の結果生じた精緻で合理性をもったメカニズムとみなし,この見方にもとづいて独創的な心理分析のためのモデルを提案しています。こうした考え方は,21世紀に入って社会科学全般に大きな影響を及ぼしつつある「適応合理性」の考え方を,30年以上前に先取りする極めて革新的な着想でした。
 とくに,昭和55年以降には,社会的相互作用の認知モデルに関して,世界に類をみない大規模でオリジナルな研究を行い,この分野に認知科学にもとづく新たな研究方法をもたらしました。この時期以降,戸田先生の研究の中心テーマは「人間を動かす合理性をもった機構としての感情」となり,アージ理論と名づけられた感情メカニズムのモデルを提案されました。これらの研究成果の一端は,“Man, robot, and society: Models and speculations” (Kluwer-Nijhoff),『感情―人を動かしている適応プログラム』(東京大学出版会)などの著書として公刊され,国内外の研究者に多大な影響を与えました。
 こうした功績を受け,戸田先生は,昭和58年の日本認知科学会創設に伴い初代会長に就任すると共に,平成元年8月オランダ王立学士院会員に選任,平成13年秋には勲三等旭日中綬章を受章されました。
 以上のように,戸田先生の50余年にわたる研究活動は常に世界の第一線にあり,人間の認知・感情・行動に関心をもつ国内外の研究者に,ジャンルを越えた大きなインパクトを与え続けました。またその薫陶は,北海道大学で直接のご指導を受けた学生のみに留まらず,全国の若手研究者・学生に幅広く及びました。こうした偉大な光を失ったことは,まさに痛恨の極みであり,哀切の思いを禁じ得ません。
 ここに戸田正直先生のご冥福を心よりお祈り申し上げますと共に,残された私どもは先生の精神を引き継いでいくべく日々精進する覚悟です。

(文学研究科・文学部)


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