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北大キャンパスから発掘された続縄文・擦文文化の竪穴住居址
北海道で暮らしていた古代の人々にとっては,寒さや積雪といった冬季の厳しい自然環境をどのように乗り越えるのかが,大きな課題であったにちがいありません。日常の起居の場となっていた住居の性能は,とりわけ重要な意味をもっていたのでしょう。北海道の古代の人々が長らく使用し続けてきた竪穴(たてあな)住居は,地中に掘り込まれて作られ,なおかつ土によって屋根が葺かれていたと想定されることから,保温効果や積雪に対する耐久性が高かったことが予想されます。そうした点で竪穴住居は,寒冷地帯の,とりわけ冬季の環境に合致した住まいの形であったことになります。
北大のキャンパス内でこれまで発掘されてきた続縄文文化や擦文文化の遺跡からは,数多くの竪穴住居址(じゅうきょし)が調査されてきました。平成18年度に実施された弓道場での発掘からも,竪穴住居址が検出されています(写真1)。
北大キャンパス内は,扇状地の末端という同じような地形環境下にありながら,住居の形態や構造(上屋の特徴)には時代によって大きな変化がみられます。続縄文文化の竪穴住居址(写真2)は,平面形が円や楕円(だえん)の住居に,舌状の張り出し部がつくのが特徴です。この張り出し部は,出入り口として用いられていたのでしょうか。続縄文文化の竪穴住居址では,中央に炉が設けられ,その周囲は石で囲われていたものが多く認められます。
一方,擦文文化の竪穴住居址(写真3)は,平面形が方形になることが大きな特徴で,くわえて住居の一角にカマドが設けられるのが一般的となります。こうした住居や調理施設の形態は,同時代の東北地方からの影響を強くうけています。
ひとくちに竪穴住居といっても,さまざまな形があることがわかります。古代の人々の住まいは,たんに環境への適応という側面だけでなく,いろいろな要素が関係しているのでしょう。北大キャンパス内における竪穴住居址の形の変遷を時期ごとにトレースしていくことで,そうした事情を一つずつ明らかにしていきたいとわれわれは考えています。
写真1 弓道場地点から発見された擦文文化の竪穴住居址
写真2 続縄文文化の竪穴住居址(人文・社会科学総合教育研究棟地点)
手前側に張り出し部があり,中央には石で囲われた炉がある
写真3 擦文文化の竪穴住居址(恵迪寮地点)
向こう側にカマドがある
(埋蔵文化財調査室)