訃報

名誉教授 正宗まさむね ただし 氏(享年84歳)

名誉教授 正宗 直(まさむねただし)氏(享年84歳)

 名誉教授 正宗直氏は平成19年9月5日午後11時57分,心筋梗塞のため84歳で逝去されました。ここに生前のご功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
 同氏は,大正13年8月20日福岡県に生まれ,昭和18年10月北海道帝国大学予科理類に入学,同21年9月同大学理学部化学科を卒業,ただちに同大学大学院(特別研究生)に入学,同23年9月同大学院を修了し,同年11月北海道大学理学部研究員,同24年6月文部教官,同25年12月助手,同26年12月助教授,同40年4月教授に任ぜられ,化学科有機化学第一講座を担任し,昭和63年3月同大学を停年により退職,同年4月北海道大学名誉教授の称号を授与されております。
 この間,昭和34年1月「水素添加アクリジンおよび関連化合物の立体化学」により北海道大学から理学博士の学位を授与され,また,昭和33年12月より2年間,アメリカ合衆国ウィスコンシン州立大学において故カプチャン教授に師事して在外研究を行っております。
 同氏は,トリカブトなど生理活性の天然物の化学で世界的に著名な故杉野日晴貞教授の門下生として有機化学の道に入り,当時導入されて間もない有機電子論を修めて有機化学反応の機構を追及すると共に天然物有機化学の分野で縦横な活躍をされました。その業績は,オリジナル論文のほか総説,叢書執筆分担を含め約240編に及ぶ論文に発表されました。それらはいずれも植物のユニークな生理活性を有する微量成分の単離・構造決定・合成に関するもので四つのカテゴリーに大別されます。
 その第一は,フィトアレキシンと呼ばれる植物の生体防御に関与する化学物質とその生合成経路の解明です。同氏は,罹病したナス科植物から抗菌性物質リシチンを単離し,これがフィトアレキシンであることを証明しました。これは分子レベルでその実在を証明した画期的研究で,世界におけるこの分野の研究発展に道を拓いたもので植物病理学に多大な影響を与えました。
 第二は,変形ステロイドアルカロイドおよび関連化合物の反応・合成・立体化学に関するもので,ユリ科の植物に含まれる複雑な構造をもつ化合物について立体構造を解明し,ジャービン,ヴェラトラミンに代表される化合物の全合成や構造と物性の関係に関する一般則を提言し,この分野の研究発展に大いに貢献しました。
 第三は,海洋生理活性成分に関する研究で,同氏らは海藻からローレンシンを単離しましたが,その構造は八員環エーテルを含む特異な構造を持つ化合物で,海洋生物の成分に関する代表的研究として広く引用されております。
 第四は,大豆シスト線虫孵化促進物質に関する研究です。北海道の主要作物の一つである大豆の根がシスト線虫に侵されると広域にわたって減収をもたらしますが,この線虫シスト(包のう)から孵化するのは根がある季節に滲出する化学物質が引金になることが明らかとなり,この物質を別の季節に人工的に散布して孵化させ死滅させることができれば無公害農薬となることが期待されます。同氏のグループはこのことに着目し,この微量成分をつきとめることに成功しました。すなわち,インゲン豆の乾燥根110キログラムから50マイクログラムの超微量の活性物質を抽出し,グリシノエクレピンAと命名しました。この物質は,1ミリリットルの水に1ピコグラム(10-12グラム)あると活性を示す興味ある化学物質であり,同氏は苦心の末にその構造を決定しました。この業績は,現代天然物有機化学の中の超微量成分研究の金字塔として国の内外から高く評価されております。
 特に最後の研究は,生物の害虫に対する生態的防除という全く新しい視点に立つもので,多年にわたる同氏の生理活性成分の有機化学の広い経験と深い洞察をもって初めて到達し得た成果であり,新しい農薬の開発にも重要な貢献をなすものと評価されています。
 同氏は,これらの研究の集大成である「植物由来の微量活性物質に関する有機化学的研究」により,昭和57年度日本化学会賞を受賞しました。また,同60年には「シスト線虫を駆除する無公害農薬の研究」により,北海道新聞文化賞科学技術賞を,同62年には「大豆シスト線虫孵化促進物質の研究」により,内藤記念科学振興財団から内藤記念科学振興賞を受賞しました。
 学会活動においては,昭和47年3月から同48年2月まで日本化学会北海道支部長,同51年4月から同53年3月まで日本化学会理事,同56年4月から同57年3月まで日本化学会副会長を歴任し,学会の発展に尽力されました。
 同氏のこれらの学術研究および活動の功績に対して,平成3年11月紫綬褒章、平成9年4月勲二等瑞宝章が授与されています。
 ここに謹んで先生の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

(理学研究院・理学院・理学部)


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