○喜 田 宏 氏
この度,日本学士院会員として選定されましたことを,誠に光栄に,ありがたく存じます。文部科学省,北海道大学,獣医学研究科,そして微生物学教室を構成する皆様の力強いご支援とご協力があってこそ,研究成果を得ることができました。したがって,私は,その代表として,日本学士院会員選定の栄に浴させていただいたものと理解しております。
学生時代にご指導下さいました諸先生,武田薬品工業株式会社勤務時の松山繁夫様をはじめ,上司,同僚の皆様からは,研究の動機付けとゴール到達を目指して追求する研究姿勢を学びました。恩師の梁川良先生をはじめ,北大獣医学部の諸先生には,母校にお招き下さり,ご懇篤なご指導をいただきました。福見秀雄先生,水谷裕迪先生,杉浦昭先生,保坂康弘先生,永井美之先生,Robert
Webster博士には,研究を進める上で,貴重なご助言と度々の激励を賜りました。また,国内外の共同研究者の皆様,一緒に困難な研究に取り組んでくれた学生諸君,そして32年にわたり私共の研究をご支援下さいました,北海道大学ならびに文部科学省に深甚の感謝と敬意を表します。
これからは,皆様からの大恩に報いるため,人獣共通感染症の克服に向けた研究と後進の育成に身を捧げる覚悟でおります。これまでと同様に,ご指導,ご叱正を賜りますようお願い申し上げます。
略 歴 等 |
生年月日 |
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昭和18年12月10日 |
昭和42年3月 |
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北海道大学獣医学部獣医学科卒業 |
昭和44年3月 |
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北海道大学大学院獣医学研究科予防治療学専攻修士課程修了 |
昭和44年4月 |
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武田薬品工業株式会社光工場細菌部技術研究職 |
昭和51年2月 |
昭和51年3月 |
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北海道大学獣医学部講師 |
昭和52年9月 |
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獣医学博士(北海道大学) |
昭和53年4月 |
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北海道大学獣医学部助教授 |
昭和55年12月 |
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米国St. Jude Children's Research
Hospital/ WHOインフルエンザウイルス共同研究センター客員科学者(文部省在外研究員) |
昭和56年11月 |
昭和61年1月 |
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同上客員教授(Karnofsky賞招聘研究員) |
昭和62年1月 |
平成元年1月 |
} |
ザンビア大学教授(JICA派遣専門家) |
平成元年3月 |
平成6年6月 |
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北海道大学獣医学部教授 |
平成7年4月 |
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北海道大学大学院獣医学研究科教授 |
平成7年6月 |
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北海道大学評議員 |
平成13年4月 |
平成13年5月 |
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北海道大学大学院獣医学研究科長・学部長 |
平成17年4月 |
平成17年4月 |
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北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター長 |
功 績 等
喜田教授は,昭和51年に本学に赴任して以来,インフルエンザウイルスの生態学的研究に取組み,動物インフルエンザの疫学ならびに実験的研究を通じて,インフルエンザが人獣共通感染症であることを確定するとともに,自然界におけるウイルスの存続メカニズムと伝播経路,抗原変異および新型ウイルスの出現機構,ならびに抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤を明らかにするなど,先駆的な研究を推進しています。さらに,インフルエンザ制圧のための国際共同研究を主導するとともに,多数の専門家を養成して,国内外に輩出してきました。
喜田教授は,ヒトと動物のインフルエンザAウイルス遺伝子の起源が,自然界の野生水禽,特に渡りガモの腸内ウイルスにあることをつきとめました。すなわち,インフルエンザウイルスがカモの大腸陰窩を形成する上皮細胞で増殖して,糞便と共に排泄され,水系伝播によって,カモの間で受け継がれていることを発見し,カモが,鳥類及びヒトを含む哺乳動物のインフルエンザAウイルス遺伝子の供給源であり,自然宿主であることを明らかにしました。さらに,ブタの呼吸器上皮細胞には,哺乳動物のウイルスのみならず,カモのウイルスに対するレセプターもあり,ブタがヒトのウイルスとカモのウイルスに同時感染すると,両ウイルスの遺伝子分節再集合体が生ずることを実証し,1968年のA/香港
(H3N2) 新型インフルエンザウイルスが,渡りガモ→アヒル→ブタ→ヒトの経路で出現したことを明らかにしました。
氏は次いで,アラスカ,シベリア及び中国でインフルエンザウイルスの生態調査を実施して,北方圏のカモの営巣湖沼がインフルエンザウイルスの貯蔵庫になっていることをつきとめ,新型ウイルスの登場舞台である中国南部までカモによって運ばれるウイルスは,シベリアの湖沼に存続していることを明らかにしました。平成9年に香港で,ニワトリからヒトに感染した強毒H5N1インフルエンザウイルスもまた,シベリアから飛来するカモのウイルスであることを明らかにするとともに,シベリアから飛来したカモから分離した弱毒H5ウイルスを不活化して試製したワクチンをマウス,ブタ及びカニクイザルの鼻腔内に滴下すれば,全身及び粘膜局所免疫を誘導して,平成9年に香港で家禽に出現した,H5N1強毒株の感染を防御することを実証しました。
また,抗体がウイルスの感染性を中和する新規のメカニズムを発見し,自然界,家禽,家畜及びヒトを含む生態系の中で,ウイルスの遺伝子再集合,分子進化と抗原変異が起こる機構を解明しました。
これらの知見に基づいて,同教授は,将来出現する可能性が高い高病原性鳥インフルエンザおよびヒトの新型インフルエンザウイルスの“先回り”対策を実現するため,動物インフルエンザの疫学調査を地球規模で実施して,新型ウイルスの出現を予知するとともに,調査で分離されるウイルスの中から,ワクチン株として的確な株を系統保存し,供給する「動物インフルエンザのグローバルサーベイランス計画」“Programme
of Excellence in Influenza”を世界保健機関(WHO)及び国際獣疫事務局(OIE)に提案し,インフルエンザの予防と制圧に向けた国際共同研究を主導しています。また,平成16年初頭,日本で79年振りに発生した,高病原性鳥インフルエンザの感染拡大を防止した,世界に誇れる実績は,喜田教授の適切かつ強力な指導によって平成15年に作成されていた,農林水産省家禽疾病対策マニュアルと専門委員会委員長としての卓越した指揮に負うものであることは,公知の事実となっています。一方,ヒトのインフルエンザのワクチン行政と新型インフルエンザ対策についても,氏は,見識の高い提言をしてきたことから,平成15年に厚生科学審議会委員,感染症分科会委員に任命され,特に,新型インフルエンザ対策に関する専門・技術的助言を行って,的確な行政の推進に貢献しています。
喜田教授の研究業績は,以上のように,獣医学,ウイルス学等への学術的貢献が顕著であるのみならず,家畜衛生,公衆衛生,さらには予防医学等の応用分野の進歩に寄与するところが多大で,国際的にも,人獣共通感染症の疫学研究モデルを提示したものとして,高く評価されています。氏は,昭和57年4月に「鳥類パラミクソウイルスの分類に関する研究」に対し,日本獣医学会賞,平成14年3月に「新型インフルエンザウイルスの出現機序の解明と対策に関する研究」に対し,北海道科学技術賞,平成16年11月に「鳥,動物とヒトインフルエンザウイルスの生態学的研究」に対し,北海道新聞文化賞,平成17年4月には,「インフルエンザウイルスの生態に関する研究」に対して日本農学賞・読売農学賞,平成17年6月には,「インフルエンザ制圧のための基礎的研究−家禽,家畜およびヒトの新型インフルエンザウイルスの出現機構の解明と抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤の確立−」の学術貢献に対し,日本学士院賞が授与されています。
(人獣共通感染症リサーチセンター・獣医学研究科・獣医学部)
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