総長告辞

入  学  式

総長 山口 佳三

 新入生の皆さん,北海道大学へのご入学おめでとうございます。北海道大学の教職員を代表して心よりお祝い申し上げます。また,今日まで,晴れて入学する皆さんの勉学と生活を支えてこられたご家族をはじめ関係者の方々のお慶びもいかばかりでしょうか。ご家族,関係者の皆様には,今後ともお子さんを温かく見守り,励ましてくださいますよう,お願い申し上げます。

 さて,今年の本学への入学者は2,591名で,そのうち男子学生1,830名,女子学生761名であります。また入学者の中には,留学生22名,帰国子女8名が含まれています。また,道内の出身者が1,045名,道外出身者が1,512名となっていて,道外出身者が467名多くなっています。今,皆さんは,受験勉強の重圧から解放され,これからの本学での生活に期待し,胸躍らせていることでしょう。生まれた地域も,育った環境も異なっている皆さんが,この日本一美しいキャンパスを持つ北海道大学で学び,課外活動やボランティア活動を通じ,お互いに切磋琢磨していくことになります。この北海道大学で生涯の友となるような友人をたくさん作ってください。それが皆さんの人生における大きな宝物となるでしょう。

 さて,ここで北海道大学の概要を簡単に述べたいと思います。本学は1876年,明治9年設立の札幌農学校に始まり,東北帝国大学農科大学,北海道帝国大学,北海道大学と変わり,2004年4月,現在の国立大学法人北海道大学となり,創立以来137年の歴史を積み重ねてまいりました。また,大学の規模も12学部,19の研究科・学院等を有する我が国の基幹総合大学に成長してまいりました。この間,ノーベル賞受賞者の鈴木章先生のクロスカップリングの研究をはじめ,多くの優れた研究成果を生み出すとともに,社会に貢献する有為な人材を輩出してまいりました。本学が法人化されるに際し,本学の教育研究理念として「フロンティア精神」,「国際性の涵養」,「全人教育」それに「実学の重視」の4つを掲げました。これは創立時の教頭であったウィリアム・S・クラーク博士以来137年の本学の歴史の中で醸成されてきた,本学の教育研究の基本姿勢をもとに決定したものであります。本学は,これら4つの理念のもと,教育研究を通して,皆さんを,我が国のみならず,これからの世界を勇気を持って先導していくような,国際性豊かで,人格に優れ,Lofty Ambition(高邁なる大志)を持った人材に育てることを意図しているところです。
 この4つの理念は,皆さんのこれからの北海道大学での学園生活とどう関わるでしょうか。
 「フロンティア精神」は,まずもって,未知の領域を切り拓く精神です。先人の後を追うのではなく,まだ誰も手をつけたことのない新しい事柄に挑戦することです。皆さんの高校卒業までの学習環境は,学校及び先生方,また保護者の方によって,良くコントロールされた,いわば与えられた,受け身の環境ではなかったでしょうか。皆さんがこれから学部・大学院へと進んでいく中では,さらに先人の歩みを辿るとともに,研究という誰も踏み入ったことのない領域を手探りで進む作業へと進んで行くのです。そのためには,皆さんのこれまでの勉学姿勢を変える必要があるでしょう。そこで,私から皆さんに一つのアドバイスがあります。それは,自らのこだわりを大切にして欲しいということです。皆さんは,小学校以来,物わかりの良い,先生のおっしゃることはすぐに理解する生徒であっただろうと思います。しかしながら,物事の理解には深さがあります。何事も表面的に理解してしまって先に進んでは,人から教わることがなくなった時,そこから一歩も進むことができません。物わかりの良い人は要注意です。誰も踏み入ったことのない領域に踏み込むためには,好奇心でも構いません,自らのこだわり,あるいはきっかけが必要です。学問の世界では,人の説明,あるいは教科書の説明に対して,どうしてそうなるのかと自分流にこだわる中で,自分の物の見方が育ち,それが研究のきっかけになっていくものです。皆さんには,是非,自らのこだわりを大切にし,それを今日からの習慣として欲しいと思います。それが「フロンティア精神」を養う第一歩です。

 「国際性の涵養」は,言うまでもなく,時代が要請しています。IT,特にインターネットの発達は,情報伝達が一瞬にして世界を巡る環境をつくりあげました。そのため,一つの国での政治的,経済的あるいは社会的な動向が,すぐさま世界中に影響を与え合う国際社会となりました。江戸時代の日本のように,鎖国をして自国の文化を醸成するようなことは不可能な情勢です。こうした世界の中で,これからの人生を切り拓いていこうとする皆さんには,世界の人々とのコミュニケーション能力が必須となります。その能力を磨くには,若いうちに外国の大学で学ぶ機会を持つことが最も効果的です。本学では,この4月より「新渡戸カレッジ」を立ち上げ,毎年200名(初年度は120名)の学生を選抜し,カレッジ生には卒業までに,特別プログラムの実践英語をはじめとするカリキュラムを用意して,日本及び異文化理解を深め,原則1セメスターの海外留学を義務付けるプログラムを設けました。また,このプログラムでは,北海道大学連合同窓会の協力のもと,国際経験豊かな同窓生が,カレッジ生のフェローとして国際社会に出るためのキャリアデザインを支援してくれます。多くの新入生がこれに挑戦して,自らの新たなる道を切り拓いてくれることを期待しています。さらに,本学には,現在1,450名あまりの留学生が学んでいます。留学生との交流により,皆さん自身の国際性を高めていただきたいと思います。

 次に,「全人教育」についてです。皆さんは,入学後の1年間を総合教育部に所属して,北海道大学の教養教育である「全学教育科目」を学び,幅広い教養を身に付けるとともに,それぞれの分野の専門教育を受けるための基礎的な素養を修得します。この1年間,特に理系のクラスにあっては,将来進学すべき学部の決まっている人も含めて,入試の選抜単位によらず,意図的に混合したクラス編成となっています。また,北海道大学には,日本全国から学生が集まります。先ほども触れましたが,今年の道外勢は,約6割です。道内が4割ですが,北海道は広大な面積を有しています。その結果,今年の入学生の7割以上が,親元を離れて自宅外通学を4月から始めるのです。これは,他の大学にはない,北海道大学ならではの環境です。このように,皆さんは,生まれた地域も,育った環境も将来の進路も異なるきわめて多様な仲間とともに,多くの人は初めて親元を離れ,勉学し,また課外活動に打ち込んでいくのです。皆さんがこの環境の中で,多くの友人と交わり,自らを省み,自己研鑽の場として活用されることを期待します。多くの先輩達が,本学でのこうした多様な仲間との出会いを,貴重な経験として評価されています。この環境の中で,隣の友人のことを慮ることが,皆さんの受けるべき「全人教育」の出発点かと思います。

 最後に,「実学の重視」についてです。札幌農学校の時代には,これは正に,日本の,そして北海道の農業に直接役立つ教育を施すことを目指す,ということであったかもしれません。しかしながら,我が国における基幹総合大学に成長した北海道大学にあっては,その意味合いはおのずと変化しています。これも,「国際性の涵養」と同様に,社会の発展に伴う,時代の要請であると理解できると思います。これまでの文明社会が,科学技術の進歩に支えられてきたことに,皆さんも疑問の余地はないと思います。古代社会においては,科学技術の進歩が,実際の社会に変化をもたらすには,幾ばくかの時間を要しました。しかしながら,20世紀以降の現代社会において,科学技術の進展と社会の発展のテンポは加速度的に増しており,現代社会が直面する問題,例えば石油危機,地球温暖化を含めた環境問題,エネルギー問題,リーマンショック以降の経済問題,直近の東日本大震災に伴う,福島の原子力発電所の問題等々,こうした問題の解決には科学技術,社会科学の最前線の活動が求められる状況となってきています。こうした状況のもと,大学で研究し,学ぶ者にとっても,象牙の塔と称して社会から隔離した世界に閉じこもることは,もはや許されるものではなく,常に自らの立ち位置を社会の中で意識する必要があります。皆さんには,本学での学びの中で,常に自分と社会との関わりを検証していただきたいと思います。それが,現代の「実学の重視」の精神であろうと思います。

 以上,これから北海道大学での学園生活を始められる皆さんに,いくつかの希望を述べさせていただきました。
 皆さんが,北海道大学での歩みの中で,良き友に巡り合い,良き師に恵まれて,自らの豊かな道を切り拓かれることを祈念申し上げて,入学式の告辞を結びます。
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