総 長 告
辞 学士学位記並びに大学院修士学位記授与式 |
総長 丹 保 憲 仁
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北国に春が足早に巡って来つつある今日,若い諸君が,日々の学業の成果を積み重ねそれぞれの課程を修了して,学士または修士の学位を授与されたことを心よりお慶び申し上げます。ご両親や学業を支えてくださった諸君の近親の方々のお慶びはいかばかりかと,ご同慶の至りに存じます。
今日,諸君は人生のある段階で,学業という分野である成果を得た証として,学士または修士の学位を授与されることになりました。これから具体の人生が始まることになります。
諸君は20世紀に本学を卒業し社会に巣立っていく最後の学生です。北海道大学は,黒田開拓長官やクラーク先生によって,西暦1876年に日本最初の国立大学として発足して以来,125年にわたり「Boys,
be ambitious!」を大学の心として,日本の近代化に大きな足跡を残してきました。近代は継続的な科学技術の進歩が世界を一変させて,日々が成長する社会であることを人々に示してきた時代でもあります。また,その前半は,大戦争の時代でもありました。
人類にかってない豊かな物質文明を提供した近代社会も,拡大する人類活動をこの地球上に収めきれなくなって,文明の基本構造の転換を余儀なくされ,新たな地球環境制約の時代を迎えています。はびこりすぎた人類がどのようにすれば,相互にそして周りの生物と共生する道を探ることができるか,資源とエネルギーの無駄をいかに省き,再生部分を多く持つ資源循環型社会を創りうるかが,いま問われています。
閉じてしまった地球の上では,人々がよりよく生きていくための手段として,近代の200年ほどのように,長距離大量輸送の発達で個別の産業をそれぞれ単純成長させ,その総和として総所得が増大し,結果として個々人への分配も増すという仕組みを用いることが難しくなってきました。限られた資源と人智をどのように活用して,質の高い,より豊かな社会を創っていくかが今求められています。地球の大きさにうまく収まる形での全人類の「Quality
of life,生活の質」の向上こそが,平和な21世紀へ向かって世界が求めている最重要目標であろうと思います。
諸君に二つのことをお聞きしたいと思います。その第一は,この4年,または加えて2年の北海道大学の勉学の積み重ねで,入学時にあなた方が「そうであった姿」から,人間として,さらに言えば職業をもって世にあろうとする人として,どのように変わったかということであります。人生は,人と人との交わり,事柄の見聞と体験,そして自身の自覚によって次々と新たに展開し,個々人は成長していくと思います。諸君にとって,この大学で学んだ年月は,社会に人として立つための始まりの年月であり,初めて人と向き合って人生を主体的に生きる心組みを持ち始める年月であったろうと思います。是非この日に,このエルムの学園で過ごした日々を,しっかりと思い返してください。そうして,これから先の数年,またその先の人生を考える基盤としてください。
第二は,この大学で学んだ年月の間に,先輩が苦心して積み上げ,連綿と受け継いできた様々な伝統に何を加え,何を改め,そして後輩に何を残し得たかを聞きたいことです。大学のサービスをむさぼる学生ばかりであれば,大学は日ならずして,衰弱崩壊してしまうでしょう。「公私」という言葉があります。公とは自分が属している自分以外のものを言うと思います。「公」に自分の働きを返さずに,むさぼるだけでは,公が崩壊します。その結果,「私」も寄る辺を失います。地球環境は大きな公です,国や地域社会もかなり大きな公です。大学もまた様々な人々の努力の蓄積として存在する一つの「公」です。家族も小さな公です。家族に尽くせぬ人が,社会に尽くせるはずがありません。公私の適切なバランスを持ちうるかどうかが一人前の人間であるかどうかの,素朴な判断基準かと思います。
これからの人生,「公」をむさぼらず,「私」を軽んじず,バランスのとれた人間として,他者と自然万物との調和を心がけ,質の高い人生を目指して世の中を歩き始めてください。このところ続発する議員,企業管理者,銀行員,高級公務員から医療現場,事業所作業員に至るまでの無責任社会を思わせる数多くの情けない現象は,「公」への寄与のなんたるかをわきまえず「私」しか頭になく,社会のために働くことの意味を体得していない,「公」の欠落した小児病的な社会の無惨を示しているように思えます。
諸君は一応学校歴を経ましたが,本当に学んだ学問歴を持ち得たでしょうか。学校歴と学問歴は違います。大学に入学するということはこの頃はそんなに簡単なことではありませんが,学ぶこととは何かを本当に知ることはさらに大変なことと思います。苦労して日々自ら学び,今日の卒業に至った方に心からの敬意を表したいと思います。一度学ぶことの意味を体得した人は,終生自力で未来を開いていけるでしょう。北海道大学は自ら本当に学ぼうとする卒業生にはいつでも門戸を開いて待っています。学びにいささかの不十分を感じている諸君は,これからでも遅くありません,加えて本当に学んでください。
「努力せず,汗を流さずして,何かを求めることをしないでください」このような生き方は北海道大学の「Be, ambitious!」の伝統に悖るであろうことを最後に一言加えて,諸君の巣立ちへのはなむけといたします。
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