スラブ研究センターの夏期国際シンポジウムが,7月12日から15日にかけて開催されました。毎年恒例となっているシンポジウムですが,今年は,現代ロシア文化の様相に焦点を当て,『ロシア文化:新世紀への戸口に立って』(Russian Culture on the Threshold of a New Century)という総合テーマを立てました。思想,表現・芸術の諸ジャンル,メディア,文化論といった諸側面から,現代のロシア社会の特徴と将来の展望を語り合おうというものです。
今年は,特別企画として,研究報告と討論のセッションに先立ち,12日夕刻にクラーク会館ホールで一般参加の形でオープニングの催しを行いました。前半はロシアの現代詩人ドミートリー・プリゴフ氏による朗読のパフォーマンス『ロシアからの声』(サッポロ・アーチスト・イン・レジデンス企画協力),後半は20世紀ロシア文化に造詣の深いカール・アイメルマッハー(ドイツ・ルール大),山口昌男(札幌大学),沼野充義(東京大学)の各氏による談話『ロシア文化:東と西の視点』です。学生,学外者,外国人ゲストなど約130名の参加を得て,ロシアの多面性をアピールする会になったと思います。
研究報告会では「ロシア文化のパラダイム」「小説の可能性」「現代ロシア音楽の諸相」「映像と文化」「演出される言葉」「新環境の中の文学」「シンボリズムと言語哲学」「ロシアとアジア」という8つのセッションにわたって,延べ23人による22の報告が行われました。報告者の国別構成は,ロシア5,ドイツ2,アメリカ,エストニア,アブハジア各1,日本13。報告は1つをのぞいてロシア語で行われました。新しいメディア環境を反映して,プロジェクターやビデオ映像を使用した報告が多かったのも今年の特徴でした。文化の総合的な把握はもちろん難しいテーマですが,シンポジウムを通じていくつかの問題関心が縦糸のように現れたことは,それ自体大きな収穫でした。ひとつは,近代のはじめから存在する,ロシアはアジアかヨーロッパかという文化的アイデンティティの問題。これはもちろん択一的に答えるべきでない事柄ですが,関心を共有するものの議論は種々の有意義な連想を触発してくれます。たとえばアジアとは何かというわれわれに親しい問題や,文化の物理的な境界と心理的な境界との関係についての問題です。最後のセッションの議論に強く現れたように,ロシアとアジアは互いを知るべきだし,また互いを知る方法を知るべきなのです。ロシアが経験した体制変転換,特に経済体制の変化が,文化に途方もない影響を与えていることも,改めて認識されました。映画やテレビなどの「金のかかる」文化の生態もさることながら,文化のパラダイム変化に関する報告にあったように,人々の意識自体に経済原理が大きく反映していることがなによりも大きいと言えるでしょう。
新しいメディア環境と文芸に関する報告では,インターネット上の文学作品の新しい生態や,ネット環境における著作権問題といった,「すでにポストソ連は終わった」といった感慨を呼ぶ話題が出されました。セテラトゥーラ(ネット文学)という新しい用語も紹介されました。ネット上の著作権問題で争っている作家ソローキンが報告の場に居合わせるという,「偶然の演出」も生じました。
その他このたびのシンポジウムでは,日本人の若手研究者の活躍が目立ちました。30歳代の専門家が10人を越える構成でこのようなシンポジウムが組めたことには,ペレストロイカ以降の日露交流の成果が反映しているといって過言ではないでしょう。なおシンポジウムの成果は,年度内にセンター研究報告シリーズの一巻として出版されます。
(スラブ研究センター) |
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