訃報
名誉教授 水 野   一 氏(享年72歳)
名誉教授 水 野   一 氏
 名誉教授水野 一氏は,平成13年3月4日,胸部大動脈瘤破裂により急逝されました。ここに生前のご功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
 同氏は,昭和3年3月13日東京府に生まれ,昭和27年3月北海道大学文学部を卒業,同年5月同学部助手,同34年4月北海道学芸大学札幌分校講師,同36年10月同校(同41年北海道教育大学札幌分校に名称変更)助教授,同44年10月北海道大学文学部助教授を経て,同54年5月教授に昇任し,平成3年3月をもって停年により退官,同年4月北海道大学名誉教授の称号を授与されました。
 同氏は,北海道学芸大学では「哲学」の担当教官として,幅広い西洋哲学史の学識をもとに,「ロゴス」への省察を軸とした講義を通して,新制大学における一般教育の充実に大きく寄与しました。また,北海道大学転任後も教養部の一般教育「哲学」を担当され,教養部教育の発展に尽くされるとともに,文学部および大学院文学研究科の講義や演習において,学部学生や大学院生の教育と指導にも格段の努力を重ねられました。同氏の一般教育「哲学」は,専門分野であるギリシア哲学を中心に繰り広げられましたが,しかし決してプラトンやアリストテレスの学説をたんに紹介するだけにとどまるのではなく,つねに哲学が生まれ育った地である古代ギリシアの歴史と文化に目を向け,歴史的・文化的背景の中で哲学的思策を理解することの重要性を説くものでありました。同氏のギリシア文化史への深い関心と造詣は,文学部や大学院の教育においても多くの学生に感銘を与え,ギリシア哲学の研究者の育成にも大きく貢献しました。
 同氏のギリシア文化史への関心と知識は,また,E・R・ドッズ著『ギリシア人と非理性』及びC・M・バウラ著『ギリシア人の経験』という,いずれも欧米では名著の誉れ高い著作の翻訳に結実しました。これらはいずれも,狭義の哲学書というよりはむしろギリシア文化の諸相を解明した啓蒙書であり,たんに哲学界だけではなく,一般読書界をも大いに裨益するものでありました。また同氏は,プラトンのイデア論やアリストテレスの存在論に関する珠玉のような論文をも発表され,たとえば最後の論文となった「敬虔の徳について」では,通常はたんに道徳的な観点でのみ理解されることの多い「プロタゴラス神話」における「慎みと戒め」が,実は「敬虔と正義」を意味するに他ならず,それゆえ神に対する敬虔なしには人間相互の正義もありえないのだ,といった新鮮な論点を提示しておられます。
 学内では主に教養部の各種委員を歴任してその運営に尽力なさいました。昭和47年8月から1年間は北海道大学教養部審議会委員を,昭和61年には北海道大学第二次試験実施出題部会教科・科目責任者を務められ,また昭和63年からは2年にわたって,新設間もない総合文化論講座の講座主任としてその運営にも努力されました。学外においても北海道哲学会,北海道大学哲学会及び西洋古典学会の重要なメンバーとして大いに活躍されたところです。
 以上,同氏は,40年に及ぶ研究教育生活において,戦後に始まった北海道教育大学と北海道大学における一般教育の,とりわけ「哲学」教育の先駆者として,そしてまた,北海道におけるギリシア哲学研究の先駆者として,きわめて大きな役割を果たされ,多くの若い学生や大学院生に対して,学問的訓練を通じて人格的感銘を与え続けてこられました。
 ここに,先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 
文学研究科・文学部