総長退任あいさつ |
第15代総長 工学博士 丹 保 憲 仁
平成13年(2001年)4月30日をもって北海道大学総長の2期6年の任期を満了して,退任いたしました。思えば,北海道大学の一員に初めて加えていただきましたのは,昭和26年4月に教養部理類の一年生として入学した時で,引き続き工学部土木工学の学部課程を終え,大学院学生として工学部で水工学を,医学部で衛生学等を学びました。昭和32年4月に工学部に日本最初の衛生工学科を創設する仕事に加わり,講師として教員生活を始めました。その後助教授・教授を経,その間に学生部長や工学部長を務め,最後に総長として働くこととなり,44年間教員として北大に勤務させていただきました。最後の12年間は評議員として,北海道大学を21世紀の地球環境制約の時代にも活躍できる大学にしたいと,みなさんと力を合わせて大転換期を働かせていただきました。この春退官するまで北海道大学にちょうど半世紀,50年お世話になりました。本当に有り難うございました。
昭和14年(1936年)尋常小学校(後に国民学校)の一年生に入学の頃から,北大のエルムのキャンパスでトンボを捕ったり,魚を掬ったり,友達のお父さんの研究室で標本を見せてもらったり,工学部の前にあった機関車(戦争が始まり室蘭の日鉄で働いたとのこと)に登ったりして遊んでいましたので,一木一草にまで至るほぼ60年の思い出を残して北大と札幌を去ることになりました。5月1日から放送大学学長として,千葉幕張の大学本部に勤務し,放送による遠隔教育と生涯教育の全国展開のための,学部教育の充実と新設の大学院教育展開の仕事に就いております。北大の皆様の変わらぬご支援とご指導をお願い申し上げます。
総長に就任してすぐの1996年の創基120周年からこの2001年に記念する創基125周年までの6年間の任期を,北海道大学が20世紀から21世紀に亘り,近代の成長型社会から地球環境制約の厳しい新時代に転換を始め,高度の成熟型社会を創成する知の発信基地にしたいと願望し,その土台作りに努力を傾けさせていただきました。歴代の副学長,事務局長はじめ,各部局長・評議員・各種委員会委員等々,事務局・各学部・病院などの事務官・技官等々の,全学の教職員の皆さまから一方ならぬご支援を得て,多くの提案と熱心な検討の成果として何とか進む方向を見定めることができ,いくつかの土台石を据えることもできたことを身に過ぎた幸いと思っています。一緒に休まず働いたこの6年の協働の日々は,何物にも代え難い有り難いことであり,心からお礼申し上げます。
この間に北海道大学が大学院研究大学としてのいわゆる重点化を成し遂げ得たことを,21世紀への展開形の上での大きな転機として喜んでおります。従来型の小講座制の学部教育で成果を判断する大学を,研究主導型の大学院大学に脱皮させて,博士課程を最終教育達成レベルと常に考える,高度の専門教育体系を組むことが必要になります。大講座サイズの協働研究がCOE大学として不可欠であろうと思います。常に先頭を走り続けることは常人ではなかなか難しいことです。もっとも活発に働けるリーダーをたて,皆で協力してチームの専門性を高め知識を厚くし,若い教官や熟年の教官には大胆な創意と熟達した学問の構成などを適材適所に求めることが必要かと思います。北大にはすばらしい個人が沢山研究者としているのに,研究科は一つもCOEを持っていないのがなんとしても残念なことに思われます。北キャンパスに研究所群と各研究科の共同研究棟を展開する構想を立ててきましたが,その中核となる創成機構を是非実現して,北大の研究をいま一段スケールの大きなものにしていただきたいものと希望いたしております。21世紀には北大が世界に冠たる研究大学に成長していただきたいと切に思います。大学院重点化大学としての,大学院教育システムの全学的確立を果たせずに退官いたしました。北大は大学院重点化研究主導型大学であることを,組織・運営形態の上でも明確に表現していただきたく思います。情報学,生命科学という北大が乗り遅れている分野の大学院独立研究科を,突出的にでもまず整備しないと,21世紀の最初で科学の発展においていかれそうで心配しています。また文系の大学院重点化をさらに実質化する努力を早めていただきたいと思います。
私が総長に着任すると同時に教養部の廃止が行われて,教養部教官(会議)が消滅して学部4年一貫教育体制に入りましたが,大学院の全学重点化が完了せず,学部教育を完成教育とする文系学部と,重点化の進んだ理工系学部,その間にある農水系学部などの足並みをそろえられず,6年制(専門型)学部の扱いも決まらず,教育理念と体系は迷走気味であったように思われました。高等教育研究部の尽力もあり,「専門研究を体系化できる最高の研究者が,非専門的な最高の基礎・教養教育を広く学部学生に講ずる」という学部教育の理念と,総合講義を大きな数提供して少人数で自発的な学習を進めるという考え方が受け入れられ,高等教育機能開発総合センターの整備と学務部の集中によって(まだ,内実は,改革を要する大きな部分があるが),具体の展開が始まりつつあることを喜んでおります。コアカリキュラムの発足もまだ十分ではないにしても将来を見通す希望であります。学部を廃止してアンダーグラデュエート・カレッジに一本化し,詳細なシラバスと厳密な学習指導で,学部一貫の課程を属人的に設計しようとする構想が公式の検討報告に出てきたことを,驚きとともにうれしく思っております。北大がほかの大学と違うすばらしさを持つ大きな鍵であろうかと思います。AO入試の拡大と成熟がそれを支える事になるでしょう。入りやすく,出るのが簡単ではない本当の教育を進めるには,学生の努力とともに教員に真摯な教育活動が求められます。学部の講義を余人を持って代え難いような個々の教員の専門の講述とするような,学部型大学をいかに素早く脱却するかが,大学院重点化研究大学の学部課程の設計では最も大切なことのように思います。学生の属人的学習の柔軟な進行と,教員の教育に集中する時期の限定(研究に集中する時期やサバティカルの獲得のために)現在の2学期制を4学期制になるべく早く転換することを考えてほしいと思います。
情報基盤の整備が緊急の課題であり,図書館,大型計算機センター,マルチメディアセンターなどの統合を,個々の部局の利害を超えて早期に進める必要があるでしょう。また,あまりにも地域社会への貢献が組織化されていなかったことから,総長就任早々に道内の産官の代表者と語らって,産学官連携システムを副学長や先端科学技術共同研究センター長等の努力を得て進めました。難航したけれども法律まで変えてもらって,日本最初の学内第三セクター・コラボ北海道を設立する事ができました。先端研の活発な活動と共同して,北海道TLO株式会社の設立により知的所有権の確保と運用の道を開き,アンビシャスファンドの支援でベンチャー企業を北大人自らが立ち上げる道筋を作ることができ,具体の活動が始まりました。
120周年記念で,同窓生の支援等でポプラ並木の傍らに新渡戸稲造先生の像を造っていただき,北大の近代精神のモニュメントとするとともに,北大の近代を越えた時代への転換を宣言する記念式典を同窓会等の支援で行うことができました。125周年に向けて,先に述べたような転換を学内の皆さまの努力でじりじりと進めることができました。運営体制の強化のために副学長3人体制と総長補佐制度とそれらを支える企画室の整備を6年の総決算とさせていただきました。総合博物館,北方生物圏フィールド科学研究センターなどの全学機構の設立によって,横断的に総合大学が働く基盤の一部が整いました。必ずしも現代の先端ではない学問領域を大学が皆でもり立て,活用していく仕組みとして今後も様々な横断的センターが創成機構などとともにできると良いと思います。
125周年を記念して,北大の自然だけは昔のまま維持していきたいものです。北18条のアンダーパスを作ることができ,北大の北キャンパスへのスムーズな展開と,地上の美しい桂並木の創成が楽しみです。ポプラ並木の補植に農場が積極的ではなく,ポプラの寿命は短く,中央食堂の前のポプラも残念ながら寿命がつきたようです。そこで,中央道路を車の通らない歩行者専用にする事の一環として,西門を石山通りに開き,平成ポプラ並木を新たに作ることとしました。ポプラ並木の更新と新北大風景の創成です。子供の頃より慣れ親しんだ,サクシュ琴似川の復活を夢見,その一部の大野池を整備して桜紅葉を市民・学生が楽しめるようになったことをうれしく思います。平成15年には少しではありますが水が上流から連続的に流れるように札幌市が努力してくれて,何十年かぶりに川の流れがよみがえります。郭公が帰ってくるまでに,水芭蕉が戻ってくるまでにまだ少しの時間がいるでしょう。リスのいるキャンパスを夢見て,農学部の阿部元教授や医療技術短大の学生さんたちが施設部とともに努力をしてくださいました。残念ながらまだ成功に至っておりません。見通しの甘さをお許しいただきたいと思います。
最後になりましたが,クラーク記念会を改組して,大学支援のクラーク財団を6年間の悪戦苦闘の末にようやく設立することができました。大学のすべての活動を支援する財団を持ちそれを強化することが,これから長い戦争を勝ち抜かなければならない大学にとって重要なインフラ構造整備です。全学で有効に,活発に活用して育てていっていただきたいものです。
募金担当の諸先生のご尽力と,教職員,同窓,企業のご厚意で125周年の募金が5億円に近づきました。有り難いことと心よりお礼を申し上げます。このお金で,125周年事業の唯一の箱ものである「遠友学舎」が工事に入りました。従来のようでなく,ボランティアを核にした学生・教職員・同窓・近隣住民などの北大友好サークルを設計・運用して,新渡戸精神の平成の復活を望みたいものです。
大学の法人化問題が,大学に大きな脱皮をせまっています。総理大臣の交代で,民主党筋でしかささやかれていなかった民営化すら政治家の口に上るようになりました。大学は教育・研究を全力を挙げて高度に進めることによってのみその存在が認められる組織であると思います。学問の自律と教育への全力投球を土台にして,果敢に21世紀の大学のありようにチャレンジしてください。長い間のご厚誼有り難うございました。 |
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