寄稿

“北大の知名度?”
 大学院国際広報メディア研究科教授 小早川   護

 
 昨年,アジアの英文時事雑誌ASIAWEEKがアジアの総合大学ランキング(中国本土を除く)を発表した。ここで,北大が総合大学ランキング19位とされた事実をご記憶の方も多かろう。この雑誌はTime Warner・AOL系列のもので,各号12万部を発行し,Far Eastern Economic Review誌と並びアジア地域の話題を中心に扱う代表的時事雑誌である。
 本年3月中旬,小職と事務局総務部国際交流課の武良専門職員は,ASIAWEEK誌が本部を置く香港に,同誌の調査担当責任者の他,メディア関係者,香港大学等の大学,現地にある日本政府出先機関,そして企業数社を訪問した。主たる目的は,「ASIAWEEK大学評価の真の目的を議論すること」と,アジア地域の情報拠点である香港における,「日本の大学或いは北大に対する意識を探ること」であった。当然,その過程において北大自体の広報も図った。
 この訪問を通し,大学ランキングと関連して,北大の国際化さらには国際的広報活動を考える上で少なからず発見があったので報告する。
 
日本での感覚と異なるアジアの目,世界の目
 ASIAWEEK誌によるランキング評価方法の詳細はここで省くが,大きく1)評価対象校,欧米の大学とアジアの企業による,各大学の学術的名声についての評価投票と,2)当該校に対するアンケート(大学の学生選抜試験,教育体制,財務・施設資源,研究活動)によるデータがベースとなっている。昨年の発表では1位,2位に京大そして東北大が位置した。いわゆる七帝大の中で,北大は他の5大学(東大及び阪大は調査に協力せず)の中で最下位であった。20位までを構成する中に,日本からは北大を含む国立5大学,オーストラリア4大学,台湾4大学,韓国3大学,香港3大学そしてシンガポールの1大学が含まれた。この構成の中で,特にオーストラリアそして台湾の構成比の高さに驚かれる方が多いのではなかろうか。これが香港やシンガポールに重心を置いた目であり,アジアの大学や企業,そして欧米の大学の見方が,日本での感覚と異なることに先ず注目しておきたい。
 また,この調査と同時に行われた技術系大学での大学ランキングでは,第1位には,ほぼ韓国人教官によるものながら,80強の科目が英語で教育され,経営学の分野にも積極的な韓国のKAISTがあげられた。さらに第2位にも韓国の浦項工科大学が,そして第3位から第5位にいまやIT先進国ともされるインドの大学がランクされ,日本の技術系大学からは,東工大が6位であったことも,アジアからの大学の見方について同様な感を与える。
 さらに世界に視点を移せば,先日,スイスの研究機関IMDが,恒例の世界各国競争力調査結果を発表し,ここで日本の「高等教育の競争経済への対応度」が対象49ヶ国中最下位と評価されたのも印象的である。この調査では,経済実績,政府の効率,ビジネスの効率,経済社会基盤に関連する286の統計値と,世界の各界トップ3,678人のアンケート調査がベースとなっている。
 
調査の目的は大学志願者向けの情報提供
 ASIAWEEK誌の担当責任者によれば,大学ランキング調査の当初の目的は,アジアの大学の中で進学先を探す受験者に向け,幅広い視点で大学の比較データを提供することであったとしている。情報提供が目的なら,ランキングの必要は無いとの批判もあるが,ランキングがある故に,三度の継続的な試みにより,一般に閉鎖的な大学側が情報開示に積極的となり,当初の目的は達成したと評価している。因みに,今回訪問した香港大学では,同誌による総合大学第3位のランキングが,対シンガポール或いはオーストラリア等との学生獲得競争に優位に働いたと評価していた。
 調査の今後について同誌では,ランキングは急激に変化するものではないとして,3〜5年毎の調査を検討する模様であった。むしろ,進学など様々な場面で大学と関係を持とうとする学生や組織を意識し,インターネット上で大学選択に必要な大学データベースの提供を予定している。ユーザーは地域,専攻科目,授業料,英語での履修可能性などにより大学の検索を行い,更には詳細な情報収集が出来るものとなろう。

調査に対し消極的であった日本の大学
 調査の実施に対して積極的な国々と消極的な国々があったようである。前者は主には英語を母国語としている国々の中で,併せて教育サービスの輸出にも積極的なオーストラリアとシンガポール,そして地元の香港であった。さらにこのグループに韓国が上げられたことが強く印象づけられた。こうしたグループの中には,大学への招待旅行を申し出た大学もあったが,これに対しては固辞したとのこと。
 一方,調査に対し消極的な国の代表として日本があげられ,さらに英語以外を母国語とする国々と,インド,ニュージーランドが指摘された。これらの国の中でも日本の大学はランキングの発表後,様々な反応を示してきたようである。
低い日本の大学への興味と認知度
 各機関への訪問において,学生の日本に対する興味が低いことが指摘された。一般に,日本企業が外国人の管理職登用に消極的なことも影響して,日本語の習得がCDP(キャリア・ディベロップメント・プロセス)において価値を持ちにくい。さらに,日本自体に対する経営・技術など専門的分野での興味が,対欧米で相対的に薄らいでいる為に,日本に比較し英語を母国語とする国への志向が強まっている。極論すれば,80年代の「ジャパン・バッシング」の時代の強い日本から,「ジャパン・パッシング」を通り過ぎ,今や「ジャパン・ナッシング」とも形容される現象が見られる。
 別表は,各訪問先において簡単に行った日本の大学に対する認知度サーベーの纏めである。これは,面会の柔和剤として,面会相手の方に初めに記入して頂いたもので,精緻な調査ではない。しかし多くの方は,北大に限らず日本の大学への認知度が,予想より低いことに驚きを覚えるのではなかろうか。また,ASIAWEEK誌総合ランキング算出で,20%のウエイトを持つ学術的名声(Academic Reputation)において,第1位の京大を除いて日本の国立大学は総合ランキングより大幅に地位が低く,北大は九大,名大とならび20位圏外で27位であった。これらは,北大はもちろんのこと,日本の大学に対しての海外からの見方について,改めて検討が必要なのではあるまいか。
 また会話の中で,表には含めなかった大学として,外国人教官が多い国際大学(IUJ)が時折上げられた。因みに同校は,ASIAWEEK誌によるアジアビジネススクールランキング調査において,日本の大学の中では一橋大学や早稲田大学を抜いて最高の位置にいる。これも海外からの目として考えさせられるものであろう。

別表
アジアの大学認知度簡易サーべーの纏め
大 学 名
平均
順位
東京大学
2
1
2
2
3
1
3
3
3
2
2
3
2.25
1
京都大学
3
1
2
2
3
1
3
4
4
2
3
4
2.67
2
大阪大学
4
1
2
3
3
2
3
4
3
2
2
4
2.75
3
早稲田大学
4
1
2
1
3
1
4
4
4
4
3
2
2.75
3
名古屋大学
3
1
2
3
3
2
3
4
4
2
4
4
2.92
5
慶応義塾大学
3
1
2
2
3
2
4
4
4
4
4
4
3.08
6
北海道大学
4
2
2
3
4
2
3
4
4
4
3
4
3.25
7
国際基督教大学
3
2
2
4
4
2
4
4
4
3
4
4
3.33
8
九州大学
4
3
2
3
4
2
4
4
4
4
4
4
3.5
9
上智大学
4
2
2
3
4
3
4
4
4
4
4
4
3.5
9
一橋大学
4
1
4
4
4
2
4
4
4
4
4
4
3.58
11
東北大学
4
3
4
3
4
3
4
4
4
4
4
4
3.75
12
東京工業大学
4
4
4
4
4
3
3
4
4
3
4
4
3.75
12
立命館大学
4
4
4
4
4
3
4
4
4
4
4
4
3.92
14
1は,その大学について,具体的な活動を承知している場合。
2は,その大学について,全般的な特性の知識がある場合。
3は,その大学について,名前のみの知識がある場合。
4は,その大学について,全く承知していない場合。

国際化と広報の課題
 今回の出張で,北大の国際化そして関連する広報を考える上で下記の3つの重要な環境変化を感じた。
1)先ずWEBが勝負に
 志願者が大学を決める,或いは教育・研究に関連してパートナーが相手先を探す場合,そしてこれらを対象とする雑誌などのメディアが情報収集するにせよ,WEBが全てのスタート点になりつつあることを確認した。ここでは,具体的かつインパクトのある情報と,キーワードによる検索機能が装備されなければならない。さもなければ,様々な場面で大学と関係を持とうとする顧客が,最初に作成するショッピングリストの中に北大が組み込まれることはない。そして,その時にキーワードは,詳しい説明を要するもの,或いは気を衒ったものや造語的なものでなく,例えば IT,biotechnology,knowledge,e-commerce,nano-technology,robotics,collaborationなど,その時期にグローバルに通じるものが使われることとなり,こうしたものに適応できなければならない。

2)具体的な先端性や活動の塊が広報の肝
 今回の訪問先のほとんどが,前もって北大のことをWEBで勉強してくれていた。しかし,WEB上で大学の特徴と動きが見えてこないとの指摘を受けた。英語版の場合には,北大について特段の知識も持たない人が読む場合が多くなる。この場合,外部の人,特に相手を引き付ける核を形成する情報のプレゼンテーションの必要性を痛感した。
 今回の出張の中で本学の広報を試み,印象を残すべき立場に置かれたが,この際,抽象的な「建学の精神」や「北大らしさ」は相手にインパクトを与えることは困難であった。本学の特徴を,例えば,農学,水産,獣医学,理学等の具体的な解りやすい活動で説明できるField Science,或いは札幌バレーやMEMELab(知識メディアラボラトリー)で説明するIT・IS,医学,薬学,獣医学及び附置研究所の活動で説明するバイオさらに,日本国内で幅広く模範となっている一般教養教育などは,その活動の広がりや先進性というピーク値的な特徴から印象を与えやすいものであった。今後,大学を広報していく上で,特に海外に対するように,北海道,札幌,北大に対して予備知識を持たない外部に,如何に理解しやすく,活動や特徴の塊をもって見せていくか,大いなる課題であろう。

3)国際化の戦略ポイント−英語による教育
香港大学正門にて小職(左)と武良専門職員
香港大学正門にて小職
(左)と武良専門職員

 マクロには日本に対する高度教育への興味が薄れてきている。かつ,一般には地理的,気候的ハンディキャップを持つ北大が,入ってくる国際化を推し進めることは容易ではない。北大がグローバルに比較優位を持たない領域において,日本語による教育に魅力を感じさせることは難しい。留学生に対する英語での履修の可能性を高めること,中でも北大が比較競争力を持つ分野での英語での授業の提供拡大は,北大に優秀な学生を吸引する上でも求められている。
 以上3点を今回の出張の印象として纏め,報告のおわりとしたい。そして,北大が具体的かつインパクトのある発信情報を持ち,それをベースに,持ち場持ち場での人間系の継続的な対外接触が生かされ,そしてインターネットなどダイナミックな仕組による受発信が展開され,海外に対する求心力が強化されることを望みたい。小職も日々の専門的分野での行動と国際交流委員会メンバーの活動を通して努力していきたいと考える。

 最後に今般の出張に際し,特段の配慮を頂いた皆様方に対し,武良専門職員と共に感謝の意を表したい。