部局ニュース

スラブ研究センター公開講座
「声なき者の復権:スラブ・ユーラシア圏における民族と歴史」が終了


 スラブ研究センターは,スラブ・ユーラシア圏研究の最新の成果をわかりやすく市民に解説する公開講座を過去16年間にわたって開催してきました。今世紀最初の公開講座となった今回は,上記のやや情熱的なタイトルのもと民族関係史に焦点を絞りました。
講演する井上教授
講演する井上教授
通常,民族といった場合,自分の国家を持っている民族か,あるいはそれを目指して独立運動を行っているような民族が注目されますが,今回,講座に登場したのは,受洗タタール(キリスト教化されたタタール),ロシア帝国に住んでいたポーランド人,極東の日本人,つい最近,民族として公認されたマケドニア人,カルパート山脈の国境にまたがって住むルシーン人,サハリンのウィルタ人といった,どう見ても国家性とは無縁の少数集団です。講師は,3名(宇山,松里,井上)がスラブ研究センター教官,ほか4名は道外からお呼びしました。それは,静岡県立大学の西山克典,新潟大学のイーゴリ・サヴェリエフ,都立大学の佐原徹哉,早稲田大学の長與進の諸先生です。
 マイナーなテーマなので,受講者が集まるかどうか主催者も気をもんだのですが,例年を上回る盛況で,しかも最終回までほとんどの方が熱心に受講なさいました。スラブ研究センターの公開講座には常連のファンがおり,そのため真剣な講義が行われやすいかわりに,若いスラブ愛好者が開拓されていないのではないかという御批判を賜ることもあるのですが,今年の受講者を見る限りでは,若い人のスラブ・ユーラシア圏への関心も高まりつつあるという印象です。
熱心に講義をうける受講生
熱心に講義をうける受講生

 極少数民族は,広大なスラブ・ユーラシア世界に点在する小島のようなものです。したがって,それらを通じてスラブ・ユーラシア空間を見るということは,針穴写真機を通して広大な草原を観察する試みに等しいと思われるかもしれません。ところが印象的だったのは,講師の間で話の分担の打合せをしたわけでもないのに,講座を通じて一本のテーマがあり,重なる話題も多かったことです。宇山,西沢,松里,佐原,長與諸講師の話は,いわゆる構成主義的な方法に基づいて,「民族が作られる」メカニズムに光を当てたものでした。サヴェリエフ講師の極東日本人コロニー研究と井上講師のサハリン・ウィルタ研究はこうした全体の流れからは独立したものでしたが,いずれも長年の研究をヴィジュアルな方法で提示するもので,清新な印象を受けました。
 スラブ研究センターでは,まさにこのスラブ・ユーラシア圏の民族関係史を研究する大規模な文部科学省・科研費プロジェクトが進行中であり,また来年7月にはこのテーマで国際シンポジウムが行われる予定です。今回の公開講座は,この方向で研究を進めていくことに対する手応えを感じさせるものでした。お題目ではない,社会から学界へのフィードバックがあったと言えます。なお,講義の要旨は,北海道開発問題調査会発行の雑誌『しゃりばり』に近く連載されます。
 
(スラブ研究センター)