齊藤 誠一
Saitoh Sei-ichi

図1
ベーリング海で採集された円石藻の
電子顕微鏡写真。
種類はEmiliania huxleyiです。

北の海は南の海に比べて少し暗いイメージがあります。
その北の海のベーリング海が南の海のようにアクアマリンブルー色になっている話を紹介しようと思います。 


 1997年、ベーリング海南東部陸棚域において初めて円石藻ブルーム(大増殖)が観測され、2002年まで6年間継続して観測されています。円石藻は石灰の殻(ココリス:cocolith)を形成する植物プランクトンの一種です(図1)。そのブルームはココリスの殻が持つ特異的な光学散乱特性により海面が白濁し反射率が増大するため、容易に人工衛星により捉えることができます(図2)。ベーリング海における円石藻ブルームの発生は、サケの回帰率の低下、水中が見にくくなり餌を探しにくくなることによる海鳥の減少などに関与している可能性が指摘されています。円石藻は大洋規模の大増殖を起こし、炭素循環や大陸規模の気候変動に寄与しているといわれています。特に、磯の香りの成分として知られる硫化ジメチル(DMS)を発生させ、海洋上の雲核を形成し、雲の発生に寄与して雲量が変わり、気候に影響を与える機構が注目されています。
 
 私は、1998年7月と2000年7月の2回、北海道大学水産学部附属練習船おしょろ丸に乗船して、亜寒帯のベーリング海が南国のようなアクアマリンブルーの海になっているのを見ました(図3)。この時、円石藻の海洋光学観測と衛星による同期観測に成功しました。現在orbview-2号という人工衛星から海の色を観測して、それをもとに植物プランクトン量を推定することができます。この人工衛星に搭載されているSeaWiFSというセンサーのデータについてNASA(米国航空宇宙局)が開発した標準円石藻判別法を用いると円石藻を判別することができるといわれていましたが、実際に円石藻が見られた海域について、その方法を用いても円石藻を判別できませんでした。そこで、海洋光学観測データをもとに円石藻から反射してくる輝度値の解析を行ったところ、円石藻判別法の輝度の閾値(円石藻があると判定できる目安となる値)とは異なったものでした。今回観測した海洋光学観測値をもとに閾値を変更して判別法を修正し、SeaWiFSデータの再処理を行ったところ、観測した円石藻ブルームを衛星データから正確に判別することができました。
 
 その閾値をもとに1997年春のADEOSという別の衛星のデータの解析を行いました。その結果、今まで最初のものだと考えられていた1997年初秋にSeaWiFS画像で捉えられた円石藻ブルームより前、1997年春にも、すでに弱い円石藻ブルームが発生していたことが明らかになりました。

 さらにその分布特性や分布の経年変化を明らかにするために1998年から2002年までのSeaWiFS画像の時系列データを新しい閾値を用いて再処理してみました。その結果、円石藻ブルームは、2月に海氷の縁辺部からはじまり、海氷の融解と共に北に広がり、4月にピークを迎え、その後夏にかけて減少し、再び9月に広がることが明らかになりました。また、円石藻ブルームは、主に大陸棚の20m〜100mの水深のところに帯状に分布していることが明らかになりました(図2)。ブルームの規模は、1999年、2001年、2002年のように一年を通して小さい年と1998年や2000年のように大規模に起こる年があり、大きな経年変化があることがわかりました(図4)。さらに1998年や2000年は表面水温が例年よりも高かったことから、円石藻ブルームの規模と表面水温には何らかの関係があると考えられています。円石藻ブルームはベーリング海生態系変化のシグナルなのか、今後も長期にわたって維持されるのか興味深いところです。今後も継続して、世界的に注目されているこのベーリング海の円石藻ブルームを、衛星と船によりモニタリングして、どのようにブルームが維持されているのか、そのメカニズム解明に挑戦していこうとしています。 

図2
SeaWiFS海色画像(2000年9月17日)。青白濁した部分が円石藻ブルームを示しています。アラスカ大陸は茶色、雲は真白と区別できるようになっています。
図3
北大練習船おしょろ丸船上から見たアクアマリンブルー色のベーリング海(2000年7月29日)。普通は緑色もしくは藍緑色をしています。
図4
1998年〜2002年の円石藻ブルーム分布の大きさ(面積)の季節変動。ブルームの面積は1998年と2000年は大きく、一方1999年、2001年、2002年は小さい。拡大図→
水産科学研究科 教授






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