流動研究部門・未踏系


中垣 俊之
Nakagaki Toshiyuki

      単細胞アメーバの計算

 他人から「この単細胞め!」などと言われれば大抵不愉快だろう。ところが必ずしもそう感じる必要はないかもしれない。真正粘菌変形体という巨大なアメーバ様生物は、単細胞生物にもかかわらず迷路の最短経路を探し当てることができるのだ。粘菌の賢さは果たしてどれほどだろうか? 脳も神経もないのにどうやって答えを導き出しているのだろうか? 私は、この不思議な生物粘菌の底知れぬ計算能力を解き明かし、さらにその計算方法を学びとりたい。
 ところで粘菌という生物は実はありふれた生物で、森の朽木や土の中にはたいてい住んでいる。北大構内でもしばしば目にすることができる(図1)。

図1 野生の粘菌。黄色く拡がったものが真正粘菌の変形体。これで一匹の巨大なアメーバ様生物。

      粘菌が迷路を解く!

 粘菌類であるモジホコリ(Physarum polycephalum)の変形体(アメーバ状の原形質の塊で多核である)を小さく分けて、3p四方の迷路に置くと、広がって互いに合体し、入り込める空間すべてを埋める(図2a)。しかし、迷路の入口と出口に食物を置くと、モジホコリの変形体は「体」を行き止まりから離して、入口と出口を結ぶ最短の道をつなぐ形になる(図2b)。実に効率よく、迷路の問題を解く。細胞によるこの驚くべき解決法は、細胞レベルの材料が原始的な知性を示せることを意味する。粘菌はユニークな生物であるがゆえ、格好の研究対象である。



図2 迷路を解く粘菌。迷路一面に広がる粘菌(a)に餌(AG)を置くと、最短経路にだけ太い管を残した(b)。

      餌場所をつなぐ輸送路 ネットワークのスマートさ?

 寒天ゲル上を広がる粘菌の両端にそれぞれ餌を与えると、変形体の大部分が餌に群がって養分を吸収する一方で、たった一本の太い管が二つの餌の間をほぼ最短の経路で結ぶ。管内の流量は、ポアズイユ流の近似の下で管の太さの4乗に比例し長さの1乗に反比例するので、太くて短い管は流動効率が高い。このような形をとることにより、粘菌は限られた大きさの体で、餌の吸収効率と細胞内情報の通信効率を高めている。さらに複雑な餌の配置に対しても、粘菌は管ネットワークを巧みに作り上げる(図3)。どのように巧みなのか、その真価を問うてみたい。


図3 あちこちに散らばるオーツフレークの小片(餌)をつなぐ管ネットワークを作りながら動く粘菌。写真左側の扇状に拡がった部分が先端部。後方部では餌場所をつなぐ太い管という体形になっている。

      粘菌ネットワークのダイナミックなデザインのしくみ
 管の構造はどのようにできるのだろうか? これまでの膨大な細胞生理学的研究を総括すると、粘菌の見せる細胞リズムが非常に重要な役割を担っていることがわかる。リズムの状態が時により場所によりダイナミックに変動し特定のパターンをつくることにより、管ネットワークが作り上げられるようである。この過程を発展方程式を用いて数理モデル化する。モデルの発展過程を問題解法の計算過程と読み替えて、粘菌の賢いやり方に迫る。


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