特集 北大のキャンパスから水と緑のまち札幌へ
北大キャンパスで自然との直接体験を―両生類を用いた「やる気」を引き出す授業戦略―

高等教育機能開発
総合センター 教授


鈴木 誠
Suzuki Makoto

       大丈夫? 今の学生たち
 「いた、いたぞ! これトウキョウダルマじゃない?」「おお?、スポット(斑紋)が独立しているから、トノサマではないな!」「背中線は綺麗に出ているじゃん。で、雌雄は?」北大のキャンパスに緑が増す頃、生物生産研究農場ではカエルを手にした学生たちの歓声がいつまでも響き渡っています。これは、全学教育の一つである一般教育演習「蛙(あ)学への招待」の授業風景です。
 「昆虫採集などやったことがありませんよ…」最近学生からよくこんな声を耳にします。自然との直接体験の不足、またそれを補完する初等中等教育での実験実習や観察の不足は、私たちの想像以上に進んでいるようです。体験を通して得る情報と紙上で得る情報とでは、その量や質が圧倒的に異なります。それは、学力の低下だけでなく、学ぶ意欲の喪失にもつながる重要な問題なのです。

       「蛙(あ)学」から何を学ぶのか
 「蛙(あ)学への招待」とは、現在その生息が危ぶまれている両生類、特に無尾目であるカエルをテーマに進められるものです。ねらいは2つあります。1つは、文字通り総合的に両生類を概観しようというものです。まず学生は、カエルの外部形態や内部形態の観察から、海から陸への進化について学びます。次に、カエルの種類や生態、また鳴き声(コミュニケーション)から、彼らの繁殖戦略を学びます。さらに、鳥獣戯画に代表される絵画や絵本、また食文化から、彼らの文化について学びます。そして、一転して絶滅種や絶滅危惧種、また奇形の発生から、自然環境の問題について学ぶのです。
 もう1つのねらいは、問題解決のプロセスを通じて、学生の「学ぶ意欲」を引き出すことにあります。授業は中盤から、学生が教官になり私が学生になって進められます。学生を授業の前面に引きずり出し、全員に活躍の場を与えるのです。したがって、学生は授業を行うために、約1ヶ月半教材研究や教材開発に奔走するのです。キーワードは、本物との直接体験です。例えば、解剖の授業を行うグループは、教材となるウシガエルのDVD製作を目指し、講義終了後地下鉄が止まるまで精密な観察や解剖を行います。その後、秒単位で作ったシナリオを元に、休日返上で画像の編集作業を行います。それを利用して、近隣の小学校で解剖に関する調査も行います。また、食文化の授業を行うグループは、世界のカエル食の情報を集め、その成分分析と合わせて教材作りを進めます。同時に、北大周辺のホテルに自ら交渉し、シェフから料理の直接指導を受けながら、実習の準備も進めます。各グループは、入念なリハーサルを行い授業当日を迎えるのです。
 一方、カエルの鳴き声(maiting call)が始まったとの情報が入れば、農場の水路に出動したり、カエルのイベントがあれば休日博物館などに調査に行きます。これらの授業の仕上げとして、前述した農場での両生類の捕獲実習があるのです。

       北大キャンパスは学びの舞台
 北海道は両生類の少ない地域です。特に無尾目(カエルの仲間)は、日本に生息する科37種の約半数が生息する沖縄地方には遠く及びません。しかし、北大の農場は隠れた両生類の宝庫なのです。エゾアカガエルやニホンアマガエル、またツチガエルの他に、昔内地から石狩平野に持ち込んだトノサマガエルやトウキョウダルマガエルが、農場の水路や水田周辺に生息しています。また、有尾目(サンショウウオの仲間)では、エゾサンショウウオがサッカー場脇の水路周辺にひっそり生息しています。これらのことは、北大のキャンパスの自然が良い状態で残っていることを意味しています。つまり、前述した二つのねらいを遂げるには、最高の舞台なのです。
 最後の授業は、広い農場から指定された両生類を捕獲してくる実習です。学生達は、4ヶ月苦労して得た知識を総動員して取りかかります。「おーい、そろそろ昼飯だぞ!」と叫ぶ私の声を尻目に、学生たちは次のカエルを求めて、いつまでも農場いっぱいに拡がって行くのです。


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