北海道の食材の魅力を生かした
ゲスト 北海道発のコンビニエンスストアとして、快進撃を続けるセイコーマート。その会長である丸谷智保氏は、金融畑から転身し、原材料の生産・調達から食品製造、卸・物流、小売りまでを自社グループで構築してきた。現在は、北海道ブランドを生かした自社商品を、本州や海外へ積極的に販売する。
政治家の息子に生まれて
寳金 私たちは、生年月日が同じなんですよね。出身も北海道で、まさに同じ時代を生きています。ご出身は池田町ですよね。 丸谷 生まれは旧士幌村です。父が池田町の町長選に当選し、私が2歳か3歳の時に池田町に移りました。負けるだろうって言われた選挙で勝ったんです。そのため、私は物心ついた時から町長の息子として注目されたので、田舎町の中ではそれが嫌でしたね。 寳金 幼少期の思い出はありますか。 丸谷 私が小さい頃、父が池田でワインづくりを始めました。当時、父に「こんなに渋くて酸っぱいものが、なんで美味しいんだ」って聞いたことあるんです。そうしたら、「これが世界の味だから、覚えろ」と言われました。
寳金 お父様が町の名士というのは、子供らしく生きようとしても、大変な部分があったのかなと想像します。当時、お父様のことをどう思っていましたか。 丸谷 高校生の頃、テレビ番組が父の取材に来て、先生がおっしゃったことと同じ質問をされた記憶があります。その時に自分が答えたのは、「畏敬の念」だと。尊敬するけれど、ちょっと近寄りがたい関係性でしたね。 寳金 函館ラ・サール高校を卒業して、慶應義塾大学法学部に進まれた時、将来のことは何か考えていたのでしょうか。 丸谷 弁護士か政治家になるか、と考えていましたが、弁護士は自分には向かないし、勉強もしたくないなと思っていました。政治家については、父が後に参議院議員になったのですが、その選挙運動を見ていて、責任の重さやお金もかかって、家庭生活への影響など大変さを感じました。 寳金 お父様の選挙支援をされて、そこまでいくと息子も政治家を目指すというキャリアも考えられましたよね。 丸谷 父はさせたかったんだと思います。でも、父のようにクリーンに政治を続けようとすると、非常に難しいですね。 寳金 丸谷さんなら素晴らしい政治家になったのでは、という気がします。お父様も、資質を見抜いていたからこそ、政治をやらせたかったのかもしれませんね。
丸谷 世界を飛び回るというのが自分に合っている気がして商社も受けていました。銀行も面白そうで、拓銀だと北海道らしい貢献もできるだろうという思いがありました。入行後、新規の融資で、競馬産業・馬産業に関わった2年間は非常に充実していました。 寳金 その後、シティバンク、エヌ・エイへ移られて。 丸谷 拓銀が97年に破綻したあと、1年間は引き継ぎ業務があって、実際にシティバンクに移ったのは98年です。 寳金 まさに拓銀の破綻そのものを経験されているんですね。 丸谷 当時、私はまだ若手の方でしたので、全てを把握できる立場にはありませんでした。危機に際しての処理や対処の方法はあったと思いますが、拓銀はそれを完全にできなかったのだと思います。80名以上の部下の再就職先を決めたのが最後の仕事でした。 寳金 なかなかできる経験じゃないですよね。シティバンクを経て、2007年のセイコーマートへの転職は、非常に大きかったと思います。業界も全く違いますよね。 丸谷 業界が異なることはよく言われますが、全く気にしませんでした。結局、会社経営の本質的な部分は同じなんですよね。従業員や顧客が大切な事や、組織のマネジメントの方法など、業種は違っても、違和感はなかったです。若い人が多くて、外部から来ても受け入れてくれたので、非常に仕事がやりやすかったです。 他社が出店できない地域で開店
寳金 セイコーマートは、競争の激しい業界で非常に高い顧客満足度の評価を得ていますが、どのように受け止めていますか。ビジネス戦略についても教えてください。 丸谷 競争が激しい中で生き残るには、「競争に巻き込まれない」ことが重要です。例えば、どのお店で買っても同じ商品は、駐車場が広い店や駅に近い店の方が有利です。でも、ホットシェフのカツ丼やG7シリーズのワインなど、独自の強みがある商品を提供することで、わざわざセイコーマートまで足を運んでもらえるようになります。競争の枠外に多くのカテゴリがあり、独自性を持つことで、サステイナブルな経営を実現できると思います。 寳金 非常に興味深いお話ですね。次に「地域密着」についてお伺いします。コンビニ業界では、セイコーマート以外で、地域性をあまり感じたことがありません。品揃えを変化させることが難しい中でどのように実現されていますか。 丸谷 私も講演で、地域密着経営と簡単に言うけれど、それは容易ではない、という話をします。全国展開の場合、効率性を考慮すると特徴ある商品の提供は難しいです。私たちは、北海道の地域食材を使えるため、全国チェーンでは実現できない新鮮なものを使って自分たちで作ることができます。牛乳やアイス、総菜の野菜にも北海道産を使用し、根室沖でとれた鮭を使ったホットシェフのおにぎりなど、自社で工場を持っているからこそ、独自性を出すことができ、フレキシビリティを保つことができます。 寳金 ほかのコンビニエンスストアも同様の取り組みを行っているとは思いますが、その密度がだいぶ異なる印象を受けます。 丸谷 おっしゃるとおりですね。例えば「いかそうめんを食べたい」という山間地区の方がいた場合、すぐに手配します。そうするとその方はお店に足を運んでくれます。これが固定客になって売り上げが確保されるわけです。1人が何百人分のお客様に生まれ変わるんです。千人が毎日来ると36万5千人ですから、人口の少ない地域でもそれなりの商圏が形成される仕組みが、我々の特徴だと思います。 寳金 SDGsへの取り組みについては、いつ頃から意識されて、どのように取り組まれたのかを、ぜひ教えてください。 丸谷 SDGsやサステイナビリティ、あるいはリサイクルにしても、自分たちの企業活動から生み出すべきだと思うんです。捨てるものを減らし、活用することでサステイナビリティに繋がります。例えば、ゆで卵を作る際に5%くらい崩れたものが出る。それをタルタルソースやサンドイッチに活用してロスを減らし、価格を抑えて提供できる。ホットシェフで出る廃食油をバイオディーゼル燃料として再利用する。価値を付加するのではなく、原価の削減努力をしつつ、再生産に必要な利潤は確保する。これを付加価値の反対語として「削減価値」と呼んでいます。私の造語ですが、コストを見直し、お客様の負担を削減しつつ、収益(価値)は残す。高齢化の進展により社会保障収入だけで生活する人たちが増える中で、非常に重要なことだと考えています。 人材育成と3次元マーケット
寳金 最近、NHKワールドJAPANの番組で、コンビニエンスストアの従業員が主人公の「All-Rounder」という作品を見ました。誰でもできる仕事ではなく、コミュニケーションや在庫管理、トイレ掃除など多岐にわたります。私も驚いたのですが、留学生の間ではコンビニで働くことが一つのステータスとされているそうです。語学能力なども求められる中、そのような人材を育成するのは大変なことです。これを知ってから、コンビニエンスストアの方を見る目が変わりました。会社は人で成り立つと思いますが、人材育成の考え方についてお聞かせください。 丸谷 新しいスタッフには、全員に接客や接遇の研修を行います。「フェニックスアカデミー」という組織で、米国の手法を取り入れた教育トレーニングを行っています。日本でパート・アルバイトに対してもこのような研修を行う企業は少ないと思います。
寳金 新しいコミュニティを作らないと、新しい社会を構築できないと思います。とても参考になりました。
丸谷 北海道の田舎町では高齢化による過疎化が進んでいて、このような地域で会社をどう発展させるか。まず、マーケットを1人の顧客ではなく365人と捉えることが重要です。人口の多寡ではなく、必要な品揃えをすることで、マーケットは深化するので、この3次元構造を生かしていく必要があります。
寳金 今日のお話を聞いて、独自性を持つこと、地域性を意識すること、サステイナブルであることなど、北大が目指していることと共通していると感じました。人材育成と北海道の未来を現状の中で捉えていく姿勢には、大学経営ととても近いとあらためて感銘を受けました。
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