第U部 大学院教育について
はじめに
本学の平成11年度点検評価課題の一つとして「大学院教育について」がとりあげられた。検討を開始した時点では,本学には大学院重点化が完了した研究科,重点化が進行中の研究科,また,重点化を計画中の部局があった。完了あるいは進行中の研究科に,その教育理念・方針と教育の実体が必ずしも十分には調和していないと推測される要素もあった。 本学の学生委員会がまとめた「学生生活実態調査報告書」(1998年版)によると,大学院学生からは「教育指導の在り方」などについて多くの意見が出されている。「大学院教育の改善」あるいは「研究科の在り方の見直し」は,大学院における教育を大学の中心に据えようとする本学にとって,重要な課題である。
このような観点から,以下の事項について,さらに項目を絞り込むなどして点検・評価を行うこととされた。
(1) 大学院重点化に伴い,大学院教育がどのように改善されたかの検証
(2) 教育理念と実際の教育についての教員及び学生の双方からの検証
(3) 大学院学生の増加に伴う教育,研究指導,教育研究環境の整備状況の点検
(4) 学位取得に係る指導体制の在り方と方策
(5) 留学生に対する指導体制の在り方と方策
(6) 社会人の受入れ,産学協同等の社会との関係の点検
(7) 大学院生への経済的支援体制の把握
課題の提言を受けて,さらに項目を整理する必要の有無,各研究科の状況を把握するため,教育学研究科,医学研究科,農学研究科及び地球環境科学研究科の状況についてヒアリングを実施した。検討開始後,平成12年4月には,大学院重点化を計画中の部局すべてが重点化される可能性が明らかになった。また,学内第2の独立研究科として新たに国際広報メディア研究科の設置が期待されるに至った。このため,今年度は,大学院重点化の完了した理学研究科,薬学研究科,工学研究科,農学研究科,獣医学研究科及び地球環境科学研究科並びに大学院重点化が進行中の医学研究科の長を対象としたアンケートを実施し,大学院重点化による問題点等を整理することとした。
T アンケート調査の概要
1 アンケート調査の目的等
大学院重点化が完了した研究科から,「大学院重点化によるメリット,デメリット」,「教育の 在り方」,「留学生について」,「社会人学生について」,「その他」について意見を聴すること を目的とした。
2 アンケート調査項目
(1) 大学院重点化によるメリット,デメリット
(2) 教育の在り方
@ 研究科の理念を実現化するための教育努力
A 教育指導,研究指導の状況
B 学位授与(課程博士)の基準,修業年限内での学位授与の努力,指導の在り方
C 学生定員確保の努力
3. 留学生について
@ 留学生の受け入れの努力
A 留学生の指導の状況,特別の配慮
(4) 社会人学生について
@ 社会人学生の受け入れの努力
A 社会人学生の指導の状況,特別の配慮
(5) その他
@ 教育組織の充実と課題(外部の研究機関との連携など)
A 論文博士の必要性
B 研究支援職員の減少に伴う大学院生の役割と問題点
C 学部教育と大学院教育の継続性
D 身体的,精神的健康についての指導相談の体制
E 就職指導について
U アンケート調査結果の考察
1 大学院重点化のメリット・デメリット
大学院重点化のメリット・デメリットについて,重点化が完了した研究科からの回答は以下のように大別される。制度自体ののメリット・デメリットもあり,制度の変更期に特有なものもある。メリットとデメリットの多くは表裏の関係にあり,デメリットの軽減は必ずしも容易ではない。現時点では重点化された研究科はすべて理系であり,視点が偏っているおそれもあるので,文系研究科などの重点化が完了した時点で再度整理される必要があろう。
(1) 大学院教育と学部教育
大学院教育が学部教育と同等のウェイトを占めるとの認識が広く浸透し,大学院における教育課 程の整備と学部・大学院の一貫教育の視点が明らかとなった。その結果,各研究科で独自の工夫が なされた。一方,教官に学部教育(特に教養教育)軽視の傾向が見られるとの指摘がある。
(2) 教官組織 -(大)講座制-
(大)講座制を取り入れた結果,研究分野の拡大・柔軟化,講座内・講座間の協力関係が改善された。一方では,研究単位の細分化への危惧,講座内の意志決定・情報伝達のルートが確立されていないなどの指摘がある。
(3) 教官組織 -下位官職の減少-
下位官職の振り替えにより,特に助手のポストが減少した。その結果,研究チームの数が増加し,分野の拡大・活性化がもたらされた。また,教官の移動が刺激となった例も指摘されている。一方,若手教官ポストの減少と教官の高年齢化がデメリットとして顕在化しつつある。
(4) 大学院学生定員の増加。
学生定員の増加はかっての大学院への関門を低くした。その結果,学部は学生をゆっくり教育できる期間となった。一方では,学生の質・スタンダードの低下をもたらし,ハングリー精神が減ったとの指摘もある。質の低下あるいは基礎学力不足な学生への対応の必要性は,今後の課題である。
(5) 施設・予算
校舎の基準面積と積算校費はいずれも増加した。基準面積の増加は教育研究環境の改善として受けとめられているが,現実には期待に反して学生数の増加に起因する狭隘化が共通な指摘となっている。積算校費の増加は光熱水料など生活費の増加に悩む理系部局では顕著な改善として受けとめられている。
(6) その他
重点化の際,設置審議会による教員の資格審査を受けた研究科では資格審査が教官の質の向上をもたらしたと評価されている。医学系大学院に特有な問題として,臨床研修の教育課程における位置づけがある。
2 教育の在り方
ここでは,「教育の在り方」について,4つの視点から,重点化以降の改革状況について尋ねた。
第1・第2の視点は,重点化に基づく研究科の新しい教育理念をどのように現実化しているのか,特に教育指導上から見た努力内容を聞いたものである。アンケート形式が不備なため,各研究科の教育理念を具体的に集約できなかったが,新しい教育理念を明確にし,あるいは模索し,反省する努力は全ての研究科で行われている。同時にそれを実現する努力も多岐にわたっている。修士課程(医学系の博士課程を含め。)での講義やスクーリングが重視され,講義形式として総合講義や共通講義が導入され,学生の基礎的能力の形成が重視されている。大学院の担当教官増や若手教官,非常勤講師の充実により新たな分野での講義科目が新設されつつある。実験・実習の充実により学生の探索技術・能力の拡充が図られつつある。また,習熟すべき能力も Contents Proficienciesだけではなく,課題探求能力,問題解決能力,主体的学習意欲などの Process Proficiencies が重視されている。さらには,人格など総合的な人間教育が意識的にめざされつつある。同時にこうした内容的な努力を実現する物的条件がきわめて劣悪になっている状況が告発されている。
第3の視点は,学位授与にかかわる条件整備についてである。ここでの課題の中心は修業年限内での学位授与を可能にする指導体制をどう図るかである。研究科による差異はあるものの,授与基準をより明確にし,基準の緩和をはかり,「指導委員会」などの指導体制・組織化が図られてきている。医学系を除くと博士課程での指導は関係教官の個別指導が重視されるが,医学系では博士課程でのカリキュラムの充実が重視され,かつ基礎医学と臨床医学との連携が意図的に追及されてきている。
第4の視点は,学生定員の確保についてである。総じて修士課程の定員は充足されているし,定員の拡大を望む声も一部にはみられる。他方博士課程の定員充足は困難であり,それを改善するには課程修了後の就職可能性を拡大する必要があることを主張する声が強い。定員確保の努力には,ホームページの活用や研究科の紹介誌の充実が挙げられ,この点での実績も上がっている。それとも関係し,他の大学や研究科との学生の移動が顕著になってきている。こうした中で定員確保のためには基本的には,研究科の充実・発展が目指されねばならないという当然の指摘が改めて確認されてきている。
3 留学生について
(1) 留学生の受け入れ努力
平成11年度の大学院における留学生の受け入れ学生は修士課程で104名,博士課程で279名である。大学院の留学生の受け入れ学生は,この10年間で,年平均20名ついつ増加している。また,アジアからの留学生が304名と全体の77%を占めている。中でも中国から121名と32%となっている。英語のホームページを利用して,研究活動内容を紹介するなど積極的に広報活動を行っている研究科もあるし,研究科内に留学生枠を確保している研究科もある。また大学院に英語特別コースを設け,留学生の受け入れに努力している研究科もある。今後は,本学の英語のホームページを充 実し,留学生の受け入れに努力することが望まれる。
(2) 留学生の指導の状況:特別の配慮
基本的には指導教官及び研究室のスタッフが留学生のサポートを行っている。私費留学生については,その経済基盤を確立しるため指導教官の労は大きい。また,研究科によっては,留学生会の活動の支援を行ったり,研究科長との対活に努めたりもしている。各学部にある留学生相談室及び 留学生センターの機能の充実が望まれる。
4 社会人学生について
(1) 社会人学生の受け入れの努力
全ての研究科が社会人学生の受け入れそのものには積極的であり,大学院案内・ポスターの企業等への送付や,企業からの委託研究生に対する大学院進学の勧誘などの努力を行っているが,実際に社会人学生として入学した者の数は,1研究科を除き,少数にとどまっている。社会人学生のニーズについては,研究科間でかなりの差違がみられる。
(2) 社会人学生の指導の状況,特別の配慮
14条特例による夜間開講の他,土曜開講,短期集中的な大学院スクーリングの実施,夏休みを利用した集中指導,図書室の夜間利用,スクーリングによる単位取得の容認など,研究科単位で,様々な工夫や配慮がなされている。一方,博士課程の社会人学生については,指導は原則として受け入れ分野に任せている研究科が多い。社会人特別選抜を実施している研究科や,春秋の入学を実施している研究科もある。
社会人学生のニーズや修学の目的,あるいは社会人コースに対する研究科としての位置づけは,文系と理系,医療系で,また修士課程と博士課程とで異なっていると考えられることから,次年度においては,文系,理系,医療系等に分けて検討する必要がある。
5 その他
(1) 教育組織の充実と課題(外部の研究機関との連携)
教育組織の充実と課題では,各部局とも研究の進展に応じた新規技術の習得や共同研究上の必要から学生を学内の関連研究施設だけでなく,国公立の研究機関,民間の研究機関,さらに国外の研究機関へ派遣する必要性を訴えており,派遣期間中に発生する可能性のある学生の不慮の事故に対する対応策の検討が必要であると考えられる。
(2) 論文博士の必要性
論文博士の必要性については,制度存続に対する要望は強く,当面は課程博士,論文博士の2つの学位授与制度を併用していくことが至当と思われる。
(3) 研究支援職員の減少に伴う大学院生の役割と問題点
研究支援職員の減少に伴う大学院生の役割と問題点については,全部局の教員が「学生に過度な研究支援の負担をかけるのは好ましくない」という理解をしているが,結果的には学生に大きな負担を強いていると認識している。しかし,常勤的研究支援職員の確保が困難である現状では,校費による臨時技術員,時間給技術員などの形での研究支援職員の採用に弾力性を持たせるとともに,RA,TA枠の拡大とその適切な配分及び運用による解消策が次善の方法ではないかと思われる。
(4) 学部教育と大学院教育の継続性
学部教育と大学院教育の継続性については,いずれの部局でも問題となっており,学部・大学院のカリキュラム上の見直しや特別の教育メニューを考案などが必要と思われる。
(5) 身体的,精神的健康についての指導相談員の体制
身体的,精神的健康についての指導相談の体制については,現状は指導教官任せが大勢のように思われるが,社会の多様化に伴って,学生の心身の健康問題も多様化しており,経験の限られている指導教官だけに任せることだけでなく,専攻あるいは研究科レベルでの組織的な対応が必要と思 われる。
(6) 就職指導について
就職指導についてであるが,各部局とも基本的には指導教官及び本人の努力に依存しているのが現状であり,修士課程学生については大きな問題は抱えていないように推測されるが,博士後期課程学生の望む研究職への就職が困難になりつつあると憂慮しており,対応策の検討が急務である。
V まとめ
本課題の検討を開始した当初は,平成11年度,12年度の2か年度で検討することを予定していた。しかし,上述のように,平成12年度には全部局が大学院重点化される可能性が高くなったため,検討期間を平成13年度までの3か年度間とすることとした。当初の予定のように平成12年度に終了するならば,平成12年度に院重点化される部局についての検証が不十分となるためである。
平成12年度には,上記の本年度アンケート結果を踏まえて,大学院学生を対象とするアンケート調査を行う。 併せて,留学生,社会人学生に係るアンケート調査を行う。 なお,本年度のヒアリングの過程では,学内の研究科が掲げる理念,方針,課題,問題点がきわめて多様であるため,さらにヒアリングを続けることの必要性が認識された。
平成11年度,平成12年度の検討結果を踏まえて,平成13年度に大学院教育に係る改善策を提言する。
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