アイナメといえば何を連想するでしょうか?中には「異種間交配」を連想すると言うマニアックな人もいるかもしれませんが、たいていは「磯釣り」「投げ釣り」「刺身」「煮付け」と言ったところではないでしょうか。北海道では「あぶらこ」と言う愛称で多くの釣り人に親しまれています。このアイナメ、刺身にするなら春か初夏、というのが釣り人の常識となっています。この時期を過ぎると、食べた餌のエネルギーは、体を太らせることや脂分として蓄積することにではなく、産卵の準備のために使われるようになり、身に脂がのらなくなってしまうからです。そして水温が下がり始める秋、いよいよ産卵のシーズンを迎えます。
アイナメの産卵シーズン始まる!
フィールド、ふぃーるど、Field、
臼尻フィールドガイド 第5弾
写真:阿部拓三
アイナメ属魚類は、「縄張り訪問型複婚」と呼ばれる配偶システムを持ちます。つまり繁殖期になるとオスが縄張りを作り、複数のメスがそこを訪れて産卵をするというシステムです。産み出された卵は、オスが責任をもって孵化まで保護します。
出来るだけ多くの子供を残すためにはまず、出来るだけ多くのメスに縄張りを訪問してもらわなければなりません。そのためオスは繁殖期になると、「婚姻色」という繁殖期特有の体色を示します。海によく潜る人なら、この時期まっ黄色に変身したアイナメに遭遇したことがあるのではないでしょうか。
写真:阿部拓三
写真:阿部拓三
またせっかく自分の縄張りで産んでくれた卵を、孵化前に死なせてしまっては懸命の求愛も水の泡です。オスは大変なのです。なにせ海の中には卵を狙う外敵が鬼のようにいるのです。その代表がウニやヒトデ。オスはこれらの侵入者を、日がな一日口にくわえてはせっせと縄張りの外に運び出しています。あらあら、写真のオスはウニとの死闘の末、勢いあまって棘がほっぺたにささってしまったようです(写真の上ににポインタをもっていってください)。名誉の負傷といったところでしょうか。
まだあります。今度は外敵ではなく、卵の発生に必要な酸素が不足するという問題です。発生が進むにつれて、より多くの酸素が必要になってきます。新鮮な水を卵に送るため、オスはしきりにひれで水をあおったり(ファニング)、卵塊に口をつけて水を吸ったり(サッキング)、大忙しで世話をします。子煩悩っぷりは、人間のお母さん顔負けです。
私たちが普段目にすることのあまりない海の中で、今日もこのような熱きドラマが繰り広げられています。売れる売れない、食べれる食べれない、増えた減った・・・etc.そういった人間の思惑とはまったく関係のないところで、彼らは彼らなりの世界があって、その中で必死に生き残り次世代に命をつなごうとしています。海に潜るとそういう彼らの息吹を感じることはできますが、同時に、ここでは私はまったくのよそものだなという感覚に襲われます。研究を通じて、今までよりもすこし彼らに対して謙虚になったかもしれません。