ナマズ鯰なまず その恐るべき産卵と子育て 
文責:安房田

 みなさんお花見の季節ですね。「もう終わったよ!」と思っているのは本州(内地)の人たちですね。函館はゴールデンウイークが桜のシーズンです。道南では五稜郭公園や松前城などが桜の名所で、毎年シーズンにはたくさんの花見客でにぎわいます。ちなみにソメイヨシノの北限である札幌はもう少し後の5月中旬くらいになるそうです。  さて、今日は「ナマズ」のお話をします。ナマズといえば、思い浮かぶのは地震だと思います。地震の前にナマズが騒ぎ、地震の予知能力があるのだとか。古くからは江戸時代の書物にあり、現在もナマズと地震の関係については研究が続いていますが、まだよく分かっていないようです。ヒゲと大きな口と小さな目が愛らしく、観賞魚として価値の高いナマズですが、味もなかなかのようで世界中で食べられていますし、日本でもナマズを養殖しているところがあるようです。そういえば、子供の頃に祖父の家の近所にある川で釣りをして帰って来て、祖父に見せると「コイはいらないからナマズは取っといてくれ。」と言われ、そんなにおいしいんだ!と思った記憶があります。機会があればそんな“ナマズ”を一度食してみたいものです。 前置きが長くなりましたが、これからアフリカに棲むナマズたちの産卵、子育て行動について紹介します。 

カッコウナマズ

 みなさんカッコウという鳥をご存知ですか?カッコウは他種の鳥に子を育てさせる「託卵」という非常に変わった習性を持つ鳥です。カッコウのメスは他種の巣から卵を数個抜き取り、そこに卵を産みます。ヒナは宿主の卵より先に孵化し、カッコウのヒナは宿主の卵を足で巣から蹴落とします。宿主はカッコウのヒナにせっせと餌を与え、最終的にカッコウのヒナだけが巣立ちます。以前は、このような変わった習性は鳥類だけのものだと考えられていたのですが、1986年になんと魚でも託卵する種がいることを長野大学の佐藤哲さんが発見したのです。それがシノドンティス・マルチプンクタータスというアフリカのタンガニイカ湖に棲む小さなナマズでした(図1)。


図1  カッコウナマズ(Synodontis multipunctatus)。タンガニイカ湖では浅いところに普通に見られる種である。動きがちょこちょこしていてかわいらしいのだが、恐るべき繁殖様式を持つ。


産卵行動については詳しくは分かっていないものの、口内保育を行うシクリッド(カワスズメ科魚類)の産卵中にナマズのペアが割って入り、そこで産卵し、シクリッドに口内保育させるようです。ナマズの子はシクリッドの子よりも先に孵化し、シクリッドの子を食べて大きくなります(図2)。


図2  カッコウナマズの子を保護するシクリッドの口内の模式図。カッコウナマズは卵黄吸収後、シクリッドの子を食べて育つ。最後には右の図のようにカッコウナマズの子だけが残る(タンガニイカ湖の魚たち 9章 佐藤哲さんの章より)。

約2cmになってシクリッドの親の口から出て来るときには、ナマズだけになっているというから驚きです。私も現地でシクリッドの口の中からナマズが出てきたときはびっくりしましたが、初めて発見した人は自分の目を疑ったことでしょう。  カッコウナマズは小さなナマズの産卵戦術かと思いきやそうではありません。なんと、1mを超えるナマズが70cmもある別の種に託卵する可能性が高いことが同じタンガニイカ湖で見つかったのです。宿主であるポロッコ(図3, 4)は産卵のために砂地に直径2m、深さ25cmほどもあるクレーターを掘ります。クレーターの底には小さな貝殻が敷き詰められており、そこにポロッコの親は産卵します。クレーターの上でオス親はヒレを使って一生懸命水流を送り、卵を孵化させ、稚魚はある程度大きくなったら出て行きます。ここまでは普通なのですが、1mを超えるシンガ(図5)というナマズはポロッコの産卵時にやってきて、クレーターで産卵し、産まれたシンガの子は、またまたポロッコの子を食べて大きくなるようです。1m以上もあるシンガのペアが来たら、さすがにポロッコのペアも立ち退かざるを得ないんでしょうね。観察していた越智晴基さん(図5)は、ポロッコが産卵するような時期に数匹のシンガが巣にやって来るのを見ることはできたのですが、残念ながら実際の託卵中のシンガには出会えなかったそうです。託卵する場面を実際目の前にするとものすごい迫力なのでしょうね。ナマズの仲間は排気音の音にとても敏感で、越智さんもポロッコの巣に何度も何度も通ってようやくポロッコが逃げないようになったそうです。飼育するには大きな設備が必要ですが、とても面白い行動なので、水族館などで是非託卵行動をカメラに収めてほしいものです。


図3  ポロッコ(Auchenoglanis occidentalis)。砂地にクレータを掘り、ペアで産卵する。尖った口に立派なヒゲをたくわえたユニークな顔である。タンガニイカ湖のナマズの中でも最もおいしいとされている。ポロッコは現地名。


図4  ポロッコのペア。これから産卵しに行くのだろうか。


図5  調査地で獲れたシンガ(Dinotopterus cunningtoni)とシンガの託卵を発見した愛媛大学の越智晴基さん。とにかくでかい。1mを超えるものも珍しくない。解体しているときは、あまりに大きいのと、身が赤いのとで魚にはとうてい思えない。醤油とみりんをつけて焼くと、一瞬ブリの照り焼きかと思うが、それ以上に油がぎとぎとで、たくさんは食べられない。シンガは現地名。

ナマズの口内保育

 今まで紹介したナマズたちは、託卵という特殊な習性を持っていました。親が他の種に子育てを任せるという、人の感覚からするとひどい親ですが、そんな種ばかりでなく、なんと両親で口の中に入れて一生懸命子を守る種がいます。ヒゲの先が太くなった小型の愛嬌のあるフィロネムスというナマズがそうです(図6)。昼間は岩の下や、岩の隙間に隠れて出てきませんが、石を引っくり返して採集を行ったところ、両親が口の中に子を入れて守っていることが分かりました。魚類は子育てを行わない種が多いので、口の中で子育てするというだけで珍しいのですが、両親が口内保育する種はなおさらです。どうしてこのような珍しい保護行動がこの小さなナマズで発達したのでしょうか?安全な口の中、そして両親の子育てが雌雄ともにたくさんの子孫を残せるという理由には違いないのですが、はっきりとしたことはよく分かっていません。私は見たことありませんが、フィロネムスの顔から想像するに、口内保育をしているときはかなりユーモラスな顔をしているではないでしょうか(図7)。一度見てみたいですね。  


図6  ヒゲの先が平べったくてかわいらしいフィロネムス(Phyllonemus typus)。同属のP. filinemusも両親が口内保育する種。小さくてかわいいので観賞魚として日本でも売られている。


図7 フィロネムスの顔。なんせかわいい。とにかくかわいい。


タンガニイカ湖にはナマズの中でも特に有名なデンキナマズも棲んでいます。一度見ると忘れられないおかしな容貌に反し、その名の通り放電する恐ろしいやつです(図8)。日本でも熱帯魚として手に入るのですが、なかなかしびれた人はいないと思います(そもそも飼育する人は少ないか)。私も去年4回目のタンガニイカ調査に行くまでは「しびれる」経験なんか絶対しないと思っていましたが、やってしまいました。夕食用のカニを岩穴から追い出そうとナイフを突っ込んだ瞬間、右腕に電気が走りました。岩穴の奥はにやあっと笑うソバカスヒゲオヤジの姿が(図8)。命の危険は全くないのですが、本当にしびれるしびれる。調査もせずにカニを捕ろうとした罰ですね。ちなみにタンガニイカのカニはたいしておいしくありません。  ナマズは世界中の河川や、ときには海にも住み、小さな種類から大きな種類まで様々です。日本に生息するナマズの仲間は保護をしない種か、オスのみが卵を守る種ですが、世界にはアフリカのナマズのように託卵や口内保育など、興味深い産卵行動や保護行動を持つ種類も少なくありません。今回は紹介しませんでしたが、マラウイ湖に棲む「カンパンゴ」というナマズも非常に面白い子育てを行います。また、南米のコリドラスの仲間ではメスが精子を口から飲み込んで受精します。夜行性である場合も多く、とても臆病なナマズは産卵観察が難しいといった理由から、彼らの生態はまだまだ分からないことだらけです。面白い生態を持っていることは間違いないので、今後の研究に期待したいところです。


図8  デンキナマズ(Malapterurus tanganyikaensis)。岩にかくれてこちらをちら見。写真を撮ろうとして近づくと、体をくねくねして威嚇してくる。現地名はクンタ。初めて聞いたときは名前と顔があまりにも似合い過ぎで現地の人と大笑いでした。体は二重構造になっていて、筋肉(身)と皮膚の間にプヨプヨの電気器官がある。湖の人たちはおいしいと言っていますが、私はいまいちだと感じました。デンキナマズの生態はよく分かっていません。


図 9 バグルスの仲間(Chrysichthys sp.?)。にやあっとしてません、こいつ?

図10 立派なひげのクラリアスの仲間(Tanganikallabes mortianxi)。変な顔。

図11  昨年も無事調査終わってよかったぁ。調査に必需品のボートとベンサンとワニ退治用のナイフ。水中でワニに出会ってもこれで一刺しです(良い子のみなさんは真似をしないように)。






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