今回の記事は、臼尻準レギュラーであり当HP信者の山崎 友資さんにお願いしました。
山崎さんは貝の研究をしておられ、今、主になって制作している臼尻の貝類図鑑の完成間近ということで、
図鑑制作のご苦労話と臼尻の貝類相について語ってもらいました。これを読めば、あなたも貝の虜になってるかも!?(by管理人)


図書「臼尻水産実験所付近の貝類」

文責: 山崎 友資(北海道大学 水産科学院 底生生物学領域)  


 臼尻準レギュラー? の山崎です。毎月, 月刊うすじりを楽しみにしていましたが,
とうとう月刊うすじりデビューとなってしまいました♪ありがとうございます。
臼尻水産実験所では,博論実験の他に, 4月から「北海道大学元気プロジェクト2008」
で採択された題目「臼尻水産実験所付近の貝類相」で, 北方圏貝類研究会のメンバーと
一緒に臼尻水産実験所付近の貝類図鑑を作製しています(図1)。
2009年1月の印刷・発行に向けて, 少しだけ臼尻水産実験所付近の貝類について紹介させて頂きます!
なお, 「臼尻水産実験所付近の貝類」は希望者に残部がある限り無料で配布します



図1. 臼尻水産実験所付近の貝類ベータ版の一部。「北方圏貝類研究会. 2009.
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター臼尻水産実験所付近の貝類. 80 pp.
大阪. ISBN978-4-9904532-0-6」より。



図鑑の作成に向けて


 まずは, どんな種類がいるのかを調べなければなりません。
調べる方法はひたすら海岸を歩いて, 貝類を採集します。
最近は「ビーチコーミング」と言って海岸で漂着物を採集するのが流行?
ですが, 昔は「磯こじき」と言ったものです。某大学にはお偉い先生が始められた
「磯こじき」という貝類研究会があります。
「磯こじき」(某大学のではない) のイメージとしては某テレビ局でやっている
「貝だけ食べて一週間生活」が一生続く感じです?
カサガイ類を見てアワビと思える人生は幸せです。
話は多少ずれてしまいましたが, 海を歩いて貝を採集します。
服装は動きやすい服で, 服の上から「ウエダー」という腰の上辺りまで
ある長靴のようなものを履きます。これで, 潮間帯は制覇できます。



 潮間帯より深い所にはどんな貝がいるのか? 実に興味深い。
潮間帯下部以深は船でドレッヂという道具を使って採集します。
臼尻水産実験所には「なぎさ」という船があり, この船で沖に出て,
ドレッヂを海に投げ込み, 海底の表面を曳いて採集します。
ただ, 「なぎさ」には海底からドレッヂを引き上げるためのドラム
が装備されていないので, 人力で海底から引き上げなければなりません。
水深40 mともなると, ロープの長さは140 m前後あり, とても大変です。
臼尻沖の海底には駒ヶ岳が噴火した際に流出した「軽石」が堆積していて,
貝類とともに「軽石」が多くドレッヂに入ります (図2)。
他に, スキューバで潜って, 貝類を採集します。
臼尻レギュラーはスキューバのライセンスを持っていて, 貝類の採集をお願いしたり,
生態写真の撮影をお願いしたりして, 私はスキューバでの採集や写真は撮っていません♪
臼尻のみなさん, ありがとうございました。



図2. 臼尻沖水深40 mでのドレッヂ捕獲物。写真のように軽石が
多く目立つ。アヤボラFusitriton oregonensis (Redfield,1846),
オオマルフミガイCyclocardia crebricostata (Krause, 1885) などが採集される。





「あれ」が出ない



 プロともなると? 「あれ」が出ないという言葉をよく口にします?
臼尻での始めの「あれ」は世界最大のヒザラガイの1種である
オオバンヒザラガイCryptochiton stelleri (Middendorff, 1846) でした。
この種は最大で40 cmにもなります。貝殻は軟体部に埋もれていて,
外部から貝殻を見ることは出来ないのが特徴です。
オオバンヒザラガイは冷たい海に生息する貝で, 臼尻周辺に位置する日浦町や
鹿部町では一般的に見られる種類です。
臼尻にも生息しているはずなのですが, なかなか見つけ出すことは出来ません。
どこに居るのでしょうか? ある冬の寒い夜, 実験所周辺の潮間帯をこじっていると,
「あれ」が出ました。しかも6個体もいました。
冷たい海の貝なので, 潮間帯に出現するのは寒くなる冬だけなのかもしれません。
「あれ」が出たと思った瞬間, 暖かい海にいるはずのイソアワモチPeronia verruculata (Cuvier, 1830)
を見つけました。
写真は冷たい海の貝オオバンヒザラガイと暖かい海の貝イソアワモチのコラボです (図3)。
おまけに, サルアワビTugali gigas (von Martens, 1881) も一緒に撮りました。
サルアワビとオオバンヒザラガイは相性が良く, 片方が生息していると,
もう片方も必ずと言ってもいいほど生息しています。
オオバンヒザラガイを採集した瞬間, プロが「あれ」を探せと口にしたら,
「あれ」はサルアワビなのです。
臼尻ではオオバンヒザラガイもサルアワビも出現したので,
今の「あれ」は彼らとやや相性が良いコエゾバイBuccinum mirandum E.A.Smith, 1875 です。
なかなかディープな世界です?



図3. サルアワビTugali gigas (von Martens, 1881) (左) とオオバンヒザラガイ
Cryptochiton stelleri (Middendorff, 1846) (右の下の個体) とイソアワモチ
Peronia verruculata (Cuvier, 1830) (右の上の個体)。臼尻の潮間帯に生息す
るサルアワビの貝殻表面には付着物が多く付いており, 標本としての価値は低い。さら
に, 波辺りが強いせいか, 貝殻表面の摩耗が激しい。どれも外見が気持ち悪い。サルア
ワビはアワビの仲間でもカサガイの仲間でもなく, スカシガイ科という種類に分類される。




図鑑の作成


 
 図鑑の内容は, 臼尻の貝類の他に, 今まで函館 (臼尻も函館市) から
報告された種類のリストや, 北海道における貝類研究史, 貝類の雑学的
なことを記述しました (貝の寿命, 貝の捕食回避行動)。
図鑑は標本をデジタルカメラで撮影し, コンピュータで画像処理し, レイア
ウトを調節しながら作っていきます。
標本の撮影は以外と難しく, 光りを標本のどの場所にも均等に当たるように
して撮影しなければなりません。また, 立体なので, ピントが合う範囲が多く
なるように, 絞りをできるだけ絞って撮影しなければなりません。
標本の撮影方法は, それぞれで工夫していることを聞きます。
今は, コンピュータで画像を編集できる時代になりましたので, やや光が均等
に当たっていなくても, 暗い箇所だけを明るくしたり, その逆も簡単にできるの
で, 随分と楽になりました。

 今回, ISBN (International Standard Book Number)という国際標準図
書番号を取得しました。ほとんどの本にはISBNというコードが与えられています。
これは, 世界共通で図書を特定するための番号です。図書番号も取得し, 図鑑が
完成しましたら, いよいよ印刷・製本に入ります。
単に印刷・製本と言っても奥が深く, 表紙や本文の紙質, 綴じる方法, 見返りの有無
など, 多くの方法やオプションがあります。
今回は予算が限られていて, できるだけ多くの部数を発行したいので, 1番安い方法
で印刷・製本しました。また, データをPDF形式で業者に送ることで, さらに値段が安
くなりました。

 こうして印刷された本ですが, まだこれだけではプロジェクト完結とは言えません。
まず, 本を出版したら, 国会図書館への納本が法律で義務づけられています。
納本しなければ罰せられてしまいます。
納本することによって, 国立国会図書館の蔵書に登録され, インターネット上から検索
できるようになります。
さらに, 大学の付属図書館等に納本・登録し, 誰でも見られる状態にしなければなりません。
多くの人に見られ, 参考にされてこそ意義があるのです。




臼尻の貝類相


 現生貝類は世界におおよそ10〜20万種類生息していて, そのうち約5,000種類が日本近海
に生息していると言われています。臼尻近海には85種類の貝類が生息していることがわかりました。
1部の種類を図4〜5に示しました。貝類の多様性が南方と比べて低い北海道近海の海としては
妥当な種類数と言えます。貝類相は暖流系と寒流系の貝類が混在していることで特徴付けられます。
暖流系の貝類ではホソウスヒザラガイIschnochiton boninensis (Bergenhayn, 1933),
アラレタマキビNodilittorina exigua (Dunker,1860), イボニシThais clavigera (Kuster, 1860),
イソアワモチです。
これら4種は日本近海の太平洋沿岸域において臼尻近海が北限と考えられています。
寒流系はオオオバンヒザラガイ, サルアワビ, ミジンウキマイマイ
Limacina (Limacina) helicina (Phipps, 1774), ハダカカメガイClione limacina (Phipps, 1774)
(通称クリオネ) が特徴的です。
ハダカカメガイとミジンウキマイマイは正式な記録上では臼尻が南限分布となります。
非公式ですと, 三陸沿岸まで確認されているようです。垂直分布では潮間帯にオオバンヒザラガイ,
サルアワビ, ユキノカサガイAcmaea pallida (Gould, 1859),アヤボラFusitriton oregonensis (Redfield,1846),
エゾイソニナSearlesia modesta (Gould, 1860), ウチダベッコウタマガイMarsenina uchidai (Habe, 1958),
エゾキンチャクガイSwiftopecten swiftii (Bernardi, 1858) が生息していて,
どの種も大潮の日には海水面から露出する場所に生息していることで特徴付けられます。
津軽海峡側に面する函館沿岸は津軽暖流の影響を大きく受けて暖流系の貝類相で構成さ
れていますが, 臼尻は津軽暖流と親潮 (寒流) の影響を受けた結果, 津軽海峡側とは全く相
が異なることがわかりました。北海道における地域貝類相の研究はほとんどされておらず,
臼尻に分布している種類を明らかとしただけでも生物地理学において十分に価値がある
成果と考えています。



図4. 臼尻水産実験所付近から採取された貝類の標本。A: エゾヤスリヒザラガイLepidozona
(Tripoplax) albrechtii (Schrenck, 1863), B: タマキビLittorina (Littorina )
brevicula (Philippi, 1844), C: エゾザンショウHomalopoma amussitatum
(Gould, 1861), D: コウダカマツムシMitrella burchardi (Dunker, 1877),
E: コウダカチャイロタマキビEpheria decorata (A. Adams, 1861),
F: クロスジムシロNassarius fraterculus (Dunker,1860)。




図5. 臼尻水産実験所付近でみられる貝類の生態写真。A: ウスカワハナヅトVelutina (Velutella)
plicatilis cryptospira Middendorff, 1847, B: ウチダベッコウタマガイMarsenina uchidai
(Habe, 1958), C: エムラミノウミウシHermissenda crassicornis (Eschscholtz, 1831),
D: エゾカスリウミウシDiaulula sandiegensis (Cooper, 1862), E: タマキビLittorina
(Littorina ) brevicula (Philippi, 1844), F: キヌマトイHiatella orientalis (Yokoyama, 1920),
G: エゾキンチャクガイSwiftopecten swiftii (Bernardi, 1858), H: ユキノカサガイAcmaea pallida
(Gould, 1859), I: ヤマザンショウHomalopoma sangarense (Schrenck, 1862)。



 図鑑に掲載した標本は今後のために全て北海道大学総合博物館分館水産科学館に所蔵し
所蔵番号 (HUMZ-M) を得ています。
図鑑で使用した標本の実物を見たい場合は, 水産科学館までお越しください。
インターネット上からは日本産無脊椎動物生物地理学データベースから, 検索
することができ, 所蔵場所, 所蔵番号, 採集場所, 標本写真を見ることが出来ます。




函館と貝類学

 
 函館の貝類が初めて文献上で紹介されるのは1781年で, 松前藩が出版した「松前誌」という冊子でした。
これには七重浜にアサリRuditapes philippinarum (Adams & Reeve, 1850) とシジミが多く見られ,
亀田半島周辺にハマグリMeretrix lusoria (Roeding, 1798)が多く分布すると記されています。
また, 非常に雑ですが, 標本の絵も描かれています。函館からは現在までに250種類以上の種類が報告
されており, 近海から20種類以上が新種として報告されています。実は, 食用とされている
ホタテガイMizuhopecten yessoensis (Jay, 1857) は, ペリーが函館に遠征してきた際に (図6),
函館湾からホタテガイを採集し, この標本を元に新種記載されました。
和名の「ホタテガイ」は古くから日本で使われていましたが, 学術的に名前が付けられたのは
(学名) この時が初めてなのです。函館は学術的な意味でホタテ発祥の地と言えるのです。



図6. 湾より望む函館 (1854年5月17日〜6月3日)。ペリー艦隊が函館へ遠征してきた時の図です。
この時の調査でペリー一行はホタテガイMizuhopecten yessoensis (Jay, 1857)を函館湾より採
集し, その後Jay, J. 氏によって学術誌上で新種として記載されました。北海道大学農学部図書館蔵:
D. Appleton. 1856. Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China
Seas and Japan, Performed in the years 1852, 1853, and 1854, under the Command of
Commodore M.C. Perry, United States Navy, by Order of the Government of the United
Statesより。



「臼尻水産実験所付近の貝類」増補改訂版に向けて  


 臼尻沖では甘エビ漁が水深約200 mの地点でおこなわれています。
そして副産物として様々な貝類が採集されます。甘エビ漁の他にもツブ
籠漁や刺し網漁が操業されており, 様々な水深に生息する貝類を採集することができます。
深い水深にも分布する貝類を掲載し, 掲載種類数を増やした「臼尻水産実験所付近の貝類」
増補改訂版を制作する予定でいます。
私は隣町の鹿部町出身で, 鹿部沖で操業されている甘エビ漁, 刺し網漁やツブ籠漁で採集さ
れる貝類を古くから採集していますが, 数多くの種類が採集され, 生物地理学的にとても興味
深い種類群から構成されています。
北の貝類は地味な色・形をしていますが, 深い海には決して派手とは言えませんが独特な色・形
をした貝類が数多く生息しています (図7)。


shikabe mollusksのコピー.jpg
図7. 鹿部漁港から水揚げされたやや深い海の貝類。A: アラスカツノオリイレ
Boreotrophon alaskanus (Dall, 1902) 日高沖水深230 m, B: ヒゲマキ
ナワボラTrichotropis bicarinata (Sowerby I, 1825) 鹿部沖水深75〜80m,
C: オオハネガイAcesta (Acesta) goliath (Sowerby,1883 ) 日高沖 水深150m。
オオハネガイの表面に付着している貝はベッコウガキNeopycnodonte cochlear
(Poli, 1795)。



 図鑑の制作は北海道大学元気プロジェクト2008の助成を受けておこなわれました。
図鑑に掲載したスキューバによる水中での生態写真のほとんどは臼尻水産実験所の
卒業生で現在は南三陸町自然活用センターに所属している阿部拓三氏, 臼尻水産実
験所研究員の安房田智司氏, 大学院生の坂井慶多氏から提供されました。
貝類の採集は, 潮間帯のみならず, 実験所沖合で技官の野村 潔氏の協力のもと,
漁船によるドレッヂでもおこなわれました。
臼尻水産実験所に所属する大学院生には数多くの助言や標本採集に協力して頂きました。
臼尻水産実験所の宗原弘幸准教授には臼尻付近での貝類相調査について快く快諾していただきました。
ここにこれらの方々に深謝の意を表します。  


最後に, 臼尻水産実験所付近の貝類に掲載されていない貝類や, 珍しい貝を発見しましたら,
ぜひ山崎 (メール: shell@fish.hokudai.ac, 電話: 0138-40-5549) までご連絡ください。
増補改訂版で掲載する場合があります。どうぞよろしくお願いいたします。



臼尻Top