アイナメ奮闘記
文責:五十嵐
臼尻にも冬がやってきた。
冬の到来、それはすなわちアイナメたちの繁殖期の終わりを意味する。
おつかれさまでした。
それと同時にぼくたち調査隊の野外での活動も終わりとなる。
笑いあり涙ありのフィールド調査。
短い期間ではあったが、アイナメたちとすごしたこの3ヶ月間は濃密で、忘れられない思い出になるだろう。
しかし、もしかしたら忘れてしまうかもしれないので、覚えているうちにここで記録しておこうと思う。
調査地
臼尻のかもめドームをくぐり抜けると、さらに沖に向かって防波堤がのびている。防波堤の、先端に向かって右手には無数の消波ブロックがあり、その下には、ブロックが崩れないようにするためか、ロープで出来た大きさ2メートルほどの網袋がたくさん敷かれている。この網袋が産卵基質としてはアイナメにとってちょうど良かったらしく、数年前からここでなわばりが多数観察されているようである。
調査地までは、実験所の裏からエントリー(入水)し、遠いので水中スクーターでいく。
これはボタンを押せばプロペラが回転して前に進んでくれるスグレモノである。
免許もいらず運転は自転車より簡単だが、たまに押したボタンが元に戻らず止まらなくなることがあるので要注意。
スクーターに乗って5分ほどで到着。
そこは釣り人が泣いて喜ぶだろうアイナメのパラダイスである。
というのも、とにかくアイナメがでかい。
さらにオスが黄色い。
ガヤしかいない場所でがんばっているおっさんどもに教えてやりたいものである。
みなさんご存知かとは思うが、アイナメでは、オスが持つなわばりに複数のメスが訪ねてきて卵を産み、それをオスが守る。
なので、オスを見つければなわばりも見つかる。
そうやってなわばりを見つけ、卵塊を数えタグをつけていく。
だれでしょう
卵を守るオス
網袋の結い目がお気に入りみたいです。
これもみなさんご存知かと思うが、この辺りのアイナメのなわばりにはスジアイナメやスジアイナメとアイナメの雑種も卵を産みにくる。
そういった卵は純粋のアイナメのものと違い、油球が赤っぽい。
真ん中が雑種の、右がアイナメの、左は生まれそうな卵
ぼくは研究の都合でそういった油球の赤っぽい卵をひたすら集めた。
写真を見てもわかるように、一つの卵塊はとんでもない数の卵で構成されている。
数えたことはないが1000や2000はくだらないらしい。
そのうちの50くらいと思われる大きさを、ちょいとちぎらせてもらい、持って帰る。
この人間の一方的な侵略を広い心で見逃してくれる(びびっているだけかもしれない)個体もいれば、制裁を加えてくるものもいる。
卵をちぎった瞬間にものすごい勢いで噛み付いてくるのである。
そしてこれがまたハンパじゃなく痛い。
一度、素手を噛まれたがこれはもうたまらん。
噛まれた後そのままぐりぐりっとされる。
そして流血する。
痛すぎて泣きそうになる。
一度噛まれるとトラウマになるので、凶暴な個体のなわばり番号を自然に覚えるようになる。
なかでも最凶のオスが12-35番である。
12番と35番のなわばりは1メートルほど離れて並んでおり、その両方をこのオスが守っている。
カメラ担当のU氏もこのオスに素手を噛まれ、一帯を血の海にしたことがある。(文字通り)
そんな目にあいながらも採集を続けること2ヶ月。
観察されるなわばりの数は45を超え、卵塊の総数は360ほどになった。
そのうち雑種の卵塊は21であった。
それがピークだったようで、その後も調査を続けたが、卵が孵化していくとともに、それを守る必要がなくなったオスたちも姿を消していった。
先週の調査によると、最後の1個体のオスが今でも残っているらしい。
おつかれさまです。
現在実験所では、タグ付けされた全てのなわばりの位置を座標で表して、何番のなわばりがどこにあるかが一目でわかるマップを製作中である。
これはすごい。
さらに今年は、ほとんどのオスの遺伝子の採取にも成功したので、来年、同じオスがまた同じ場所になわばりを作っているかもしれない、という予想も明らかに出来る。
ロマンである。
最後に、水中で見つけてテンションが上がった生き物たちを少し。
ニチリンヒトデとアメフラシとタコヒトデ。たぶん。
初めて潜ったときは、寒くて暗くて何もいない海だと思った。
しかし何度か潜るうちに、いろんな生き物に出会う。
地味な魚しかいないと思いきや、びっくりするくらい色鮮やかなウミウシもいる。
最近ではアイナメの調査そっちのけで生き物探しに夢中になっている事がよくある。
そんな臼尻の海が好きです。