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第1回:吉見 宏 理事・副学長

「私の履歴書」風の自己紹介:3度の転機・偶然・出会い

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 出身地が長崎と自己紹介すると、異国情緒の街とか、観光地というイメージを持たれるようだ。しかし、私の実家は出島や中華街のある旧市街ではなく、平和公園のすぐ近く。意外にも、長崎が「観光地」だと認識したのは、市内中心部にあった県立高校に進学してからのように思う。当時の長崎市の県立普通高校は、各校の成績を平準化するために、「総合選抜」と呼ばれる進学先の高校が受験生の希望では決まらない、という入試だった。このため、進学した高校の生徒は、就職希望と進学希望がほぼ半分ずつで、多彩だった。

 生徒の多彩さは、私の自由な高校生活を支えてくれた。多方面に関心が向いた(あるいは気が散っていた)のも、この時期からである。しかし、私は、将来何になりたいか、ということについては、あまり考えていなかった高校生だったと思う。母は、私が医師になることを希望しており、その希望に応えようと理系クラスに進んで医学部を目指していた。

 それを大きく変えたのは、部活動が一緒の文系の友人であった。彼の成績は抜群であり、当時の私は、なぜ彼が医学部を目指さないのかが不思議であった。受験を控えた3年生のあるとき、その理由をたずねた。ここでその答えを書くには紙幅が足りないので省略するが、とにかく彼は、自分が将来やりたいこと、それを実現するためにどの大学に進学し何を学ぶべきか、そしてそのためにいま何をすべきかについて、しっかりとした考え方を持っていた。

 目からうろこが落ちるとはこのこと。改めて自分を見つめ直し、大学では「会計学」を学びたいという結論に行き着いた。とはいえ、それを得たのは、共通1次試験も終わった後という、なんとも遅い意思決定であった。

 そして進路変更。当然、浪人も覚悟の上で、九大経済学部を受験した。ここは、理系での受験もできる学科があったが、その学科では会計学を専門にすることはできない。そこで文系での受験に挑戦したのだ。しかし何という偶然か、この年は文系ではまれに見る数学の難問が出て、理系で学んでいたおかげで合格できたのだ。1度目の転機である。

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 4年間の学部での修学を経て、就職することに決め、ある銀行に内定をいただいていた。ところが、会計学のゼミの指導教授は、熱心に大学院への進学を勧めてくださる。それを失礼にも断り続けていたのだが、とあることから卒業間際になって進学を決めて、親の反対を無視して銀行には断りを入れた。大学院は、アルバイトで自活して修学することになった。またしても遅い意思決定が生み出した2度目の転機で、周囲の方々にはご迷惑をおかけしてしまう。特に、母には2度目の背信となった。しかし、今となってはこの意思決定に間違いはないと思う。そして今は故人となった指導教授には、その後の学恩を含めいくら感謝してもしきれない。

 さて、3度目の転機は、北大への就職である。大学院修了後、日本学術振興会の特別研究員に採用されたが、その1年目に北大の会計学の教員公募があった。好機であり、北大との出会いである。過去の反省から、意思決定は早くする、というのがモットーになっていたが、北海道には知り合いもいない。それどころか、観光を含めて行ったこともなかった。少し迷ったのは事実である。すでに結婚していて、福岡出身の妻がどう言うか。しかし、あっさりと喜んでくれた。こうなると、北海道行きに妨げるものはない。

 北大での研究は、少しずつ変遷していくのだが、特に不正を中心とした会計監査論と、国や自治体、非営利組織等の公的部門の会計が私の専門となっていく。どちらかというと、人があまりやっていない分野を開拓する研究であったと思う。その方向性は、私の下で学んで研究者となった人々も同様の傾向がある。人からはリスクが高い研究をしている、あるいはやらせている、といわれるが、これは北大がフロンティア精神を培ってくれたからではないか、と考えている。何より、自分が面白いと思える、関心が持てる研究ができなければ、研究者は務まらない。

 会計学は、とにかく周辺の事象をよく知らないといけないと思う。カネ勘定だけでは、なぜそうなっているのかがわからない。それは私の恩師から学んだことでもあり、多方面に関心が向く私の性格も幸いした。結果として、大学外とのつながりも、研究者としては広い方ではなかったかと思う。それは私にとって、分野の広がり、人とのつながりの広がり、実践的な場面の広がりとなった。交通課題や地域経済への関わり、メディアを通じての発信、大学外の組織の経営に携わったこと等、いずれも私の財産になっている。

 寳金総長の下では、理事・副学長として財務、広報、ガバナンス、地域連携を担当している。北大で自由にやらせていただいた研究やこれまでの経験を活かして、というほど現場は甘くはないと理解しているが、とにかく全力を尽くしてあたりたいと考えている。常に迅速な意思決定を心がけて。

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(2021年4月)

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