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第15回:矢野 理香 副理事

誰もが居場所があると感じ、その可能性を切り拓いていける大学に

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 私は、保健科学研究院で看護学を専門としています。札幌で生まれ育ちました。子どもの頃は、本を読むのが大好きで、部屋の片隅の定位置に座り、食事をするのも忘れて、ひたすら本を読んでいました。一方で、書道や華道、バレエなどの習いごとに取り組み、少しでも興味があるものは躊躇せずにチャレンジさせてもらいました。また、両親が共働きで、毎週土曜日は母が働く役所の玄関で待ち合わせをして、一緒にランチすることを楽しみにしていました。母が同僚たちと階段を下りてくる姿は、とても眩しく、子どもながらに誇らしく感じたものです。このように振り返ると、自分がキャリアを継続することの原点は、母の姿にあったようにも思います。

 私が看護師を目指そうと思ったのは、高校2年生のある日、突然の思いつきでした。本の影響だったように思います。いずれにしても急な思いつきの大きな決断でしたが、北海道大学医療技術短期大学部看護学科(現在の医学部保健学科)を受験し、晴れて入学することができました。しかし、このような経緯もあり、入学後は看護学実習で患者を受け持つ責任の重さに耐えられず、本当にこの道でよかったのかといつも思い悩んでいました。

 このような私の気持ちを見抜いたのは、他でもない、実習で担当させていただいた患者Aさんでした。Aさんは、末期の癌であることの告知をたった一人で受け止め、放射線治療を継続して受けていました。そのような状況にあるAさんから、ある日「あなたは、もう来なくていいです」とはっきり言われました。放射線治療を受けるために歩きながら、私に背中を向け、投げかけた言葉でした。実習中、心ここにあらずで、中途半端に取り組んでいることを見抜かれていたのです。私はただただ申し訳なく、翌日Aさんに、自分の学習姿勢を心から謝罪し、しっかりと向き合って取り組みたいので実習を続けさせてほしいと伝えました。Aさんは、私をじっと見つめ、継続することを許してくださいましたが、私の全てをAさんは見透かしているとも感じました。

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 ある夕方、治療を終えたAさんの背中をあたたかいタオルで拭かせていただいたときです。西日が入る病室で、Aさんがぽつりぽつりと、ご自分の生涯と今の気持ち、そしてこれからについて語ってくれたことがありました。私の心に、Aさんのひとつひとつの言葉が沁みるように伝わり、その重みを感じると、言葉が出ず、うなずきながら必死に背中を拭き、無意識にAさんの背中をさすっている自分がいました。このAさんとの出会いは、私にとって大きな転換点となり、看護師になろうと強く決意しました。

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 その後、さらに看護学を深く学びたいと考え、聖路加看護大学看護学部に編入学し、そのまま大学院へ進学して博士の学位取得までお世話になりました。下記は、同大学の在学中に、小島操子教授が何度もおっしゃっていた言葉です。

"Empty your cup!"

 「まずは、自分の経験や先入観などを空っぽにして、いったんよく理解すること。そのうえで解釈しなさい」と。また、菱沼典子教授からは、やさしい眼差しの奥に、下記の徹底した信念を学びました。

"患者の反応をみて、その意味を考える。そこに答えがある。"

 北海道大学で学んだ看護職の責任と役割とともに、聖路加看護大学での学びは、私の看護師、研究者、そして教育者としての根幹を形成する上で、非常に大きな財産となりました。その後、臨床経験を積む中で、看護の素晴らしさを実感しつつも、看護ケアの効果が可視化されていないこと、熟練看護師の直観に基づくケアは、その人固有のものにとどまり、看護全体の質向上につながっていないことも見えてきました。看護の領域こそ、その見えにくい現象を可視化することが必要と考え、研究者となりました。患者の立場から考えると、同じ時間で看護ケアを受けるのであれば、誰もが安全で質の高いケアを受けたいと希望するのは当然のことと思います。「目の前の患者さんに答えがある」を核にして、看護の質向上につながる研究・教育を推進し、看護学の発展に貢献することを今後も目指していきたいと思います。学生たちや若手教員とともに研究を行うことは発見の連続で、時を忘れる楽しい時間です。彼らがどのような未来を切り拓いていくのか、大いに期待したいと思います。

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 現在、私は教授職に加え、副理事として、ダイバーシティ・インクルージョン(Diversity, Equity, and Inclusion)推進を担当しています。北大では、約130年前に新渡戸稲造が、男女問わず、誰もが学べる遠友夜学校を設立し、看護教育においても、1950年度から男子学生を入学させるなど、 多様性に拓かれた大学としての歴史があります。世界の課題解決に貢献するためには、多様な視点からの課題設定と発想が必要であることは言うまでもありません。自分自身のアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に気づくこと、他者を理解・尊重しようとすることが、多様性を認め合い、創造的に活躍できるキャンパスの実現の第一歩であり、新たな価値の発見につながるとも感じています。

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 まずは、私自身が "Empty my cup" して、みなさんの声を丁寧に聴きながら、当事者の視点から課題を可視化し、解決に向けて、一歩ずつ前進していきたいと思います。誰もがここに居場所があると感じ、その可能性を切り拓いていける大学環境づくりに貢献できるように尽力して参りますので、どうぞご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

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(2022年6月)

【撮影場所】
1、5枚目:ダイバーシティ&インクルージョン推進本部ミーティングルーム
2、3枚目:保健科学研究院・保健科学院内 実習室
4枚目:保健科学研究院・保健科学院内 個人研究室
6枚目:ダイバーシティ&インクルージョン推進本部前にて、兼務教員の皆様と