たが、当時の指導教員に勧められ、札幌南高等学校の理科教諭となる。一年間教鞭を取るが、研究への情熱は途切れることがなく、「このまま教師を続けていては、生徒にも自分にも申し訳ない」と退職。その後、アメリカのウースター財団実験生物学研究所のM.C.チャン博士の研究室にポストドクトラルフェロー(博士研究員)として採用され、アメリカに渡る。当時、インターネットや電子メールもなかった時代に、柳町名誉博士はポスドクとして雇ってもらえないかと手紙を送ったという。「チャン博士は哺乳類の研究者だったので、OKという返事をもらった時は大変驚きました。私は哺乳類を扱っていませんでしたからね。後にチャン博士に『なぜ私を採用したのですか?』と■いたところ、『魚でとても良い研究をしていたからね』と答えてくれました。魚の研究を評価してくれなければ、今の私はいませんでした」と当時を振り返る。1963年、柳町名誉博士はチャン博士のもとで、ハムスターを用いた体外受精(※1)に成功する。さらにこの方法を用いて受精現象の研究を進め、精子が受精能力を獲得するプロセスや卵子に起きる反応など、受精の際に生じる様々な現象を明らかにしていった。そして、イギリスからはるばる、R.J.エドワーズ博士が柳町名誉博士のもとへ、体外受精の技術を学びにやって来る。エドワーズ博士はその技術を自国に持ち帰り、1978年にケンブ思っているかもしれませんが、若い頃は職にも恵まれず、リッジ大学にて、世界初のヒトの体外受精による出産を成功させる。そしてエドワーズ博士はこの業績により、2010年にノーベル生理学・医学賞を受賞する。「エドワーズは体外受精の技術がヒトの不妊治療に使えると考えていたのですが、なかなか成功できずにおり、私の技術が利用できると学びにやって来ました。当時は、ヒトで体外受精を行うことに大きな批判もありましたが彼はそれに耐え、最終的には彼の忍耐が実を結びました。実は私にもヒトの応用研究ヘと転換するチャンスはあったのですが、自分は受精という現象そのものに興味があり、基礎研究の道を選びました。哺乳動物の受精は体内で起きるので、研究するのはとても難しい。ですので、外に出して観察することができる方法として、体外受精の技術を確立しました。つまり、私は医療への応用を狙ったわけではないのですが、結果的に貢献することができたのは喜ばしく思います」と柳町名誉博士。自身はあくまでも基礎研究を行う研究者だと語る。1964年、柳町名誉博士は非常勤講師として北大に戻り、さらに助教授として採用される予定であったが、結局採用されることはなかった。「幸か不幸かはわかりませんが、北大に残ることはできませんでした。ちょうどハワイ大学に助教授として来ないかと誘いがあり、再びアメリカに渡りました。みなさんは私を成功者だと研究も失敗ばかりで苦労の連続でした」と柳町名誉博士。1966年にハワイ大学に移って以降、2006年に名誉教授となるまでの40年間、ハワイ大学にて受精の研究を継続し、さらには体細胞核移植によるクローンマウスの作製にも成功するなど、数多くの成果を残し※1:体外受精とは、体内で発育した卵子を体外に取り出し、精子と接触させて受精させる技術で、不妊治療に用いられる。てきた。第一線を退いてからも、世界中にいる教え子たちと共同研究を継続し、95歳である今もなお受精の研究を続けている。一生涯を研究者として貫く真■な姿勢や温厚な人柄から、柳町名誉博士を尊敬し、慕う人は多い。柳町名誉博士と親交の深い、高橋孝行本学名誉教授(理学研究院)はこう語る。「柳町先生は過去に数多くの有名な学術賞を受賞されておりますが、今回の京都賞の受賞により、先生が世界レベルで卓越した研究業績を挙げられてきたことが改めて証明されました。日本に来られた際は、私の研究室でメダカの受精の研究を楽しまれておりました。先生から学んだことは沢山ありますが、特に印象に残っているのは、高いレベルの研究を進める意識を持ち続けることが大事であるという教えです。先生との出会いは私の人生において大きな財産となっております」「受精」という生命現象を解明する基礎科学のスタンスを貫いた柳町名誉博士だが、現在の発生・生殖医療への貢献は計り知れない。13 Litterae Populi Vol.71ハワイ大学医学部建物前での柳町名誉博士。(1974年撮影、提供:柳町隆造名誉博士)柳町名誉博士が、金沢大学理工学域能登海洋水産センターを訪れた際に寄贈した色紙。「Science is not one success after another. It is like a flower in the desert of failures(科学は次々と成功するものではない。それは、失敗の砂漠に咲く花のようなものだ)」(2022年8月寄贈、提供:旭川医科大学 春見達郎助教)2022年7月に、柳町名誉博士が本学理学研究院を訪れた際のインタビュー動画はこちら→
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