北海道大学総合博物館長も務める獣医学研究院の坪田敏男教授は2023年4月、「ホッキョクグマの聖地」とも呼ばれるカナダの北東にある都市・チャーチルを訪れた。海氷に現れるアザラシを目当てに、たくさんのホッキョクグマが集まってくる場所だ。クマの研究を始めて45年、念願だったホッキョクグマの生態調査に初めて参加するため、坪田教授は共同研究者らとヘリコプターに乗りこんだ。眼下に広がる広大な海氷に空からじっと目を凝らしていると、パイロットが動物の足跡らしきものを見つけた。足跡をたどっていくと、黄色っぽい体毛に覆われた巨大なホッキョクグマが現れた。ホッキョクグマに麻酔をかけ、採血などのサンプル採取をした後、耳にGPSタグを装着して放し、行動や生態の情報を収集。解析は今も続いている。地球温暖化が進み、ホッキョクグマをはじめとしたクマの生態にも影響が出始めている。クマ類は世界に3属8種が現存するが、そのうち6種は絶滅が心配されており、保全は喫緊の課題となっている。一方で、国内ではたくさんのクマが人里に出没し、2023年度は200人以上がクマによる人身被害に遭い、それに伴いクマの捕獲数は9000頭を超えた。坪田教授は、「日本を含め、世界のクマが置かれている状況は、決して良好と言えるものではありません。でも、世界的にクマの研究者は少なく、クマの生息数や生息状況、さらに生理・生態や行動など、わかっていることや社会に伝えられていることは多くありません」と懸念を示す。こうした状況を踏まえ、坪田教授は、国内外のクマの生態調査や、若手研究者の育成費用に充てるため、2023年と2024年にクラウドファンディングを実施した。その結果、それぞれ目標金額500万円の2倍に迫る額が集まり、これを資金源にホッキョクグマの調査も実現できた。坪田教授は、「予想を上回る金額が集まホッキョクグマを追ってLitterae Populi Vol.73 08カナダで実施されたホッキョクグマの生態調査の様子。(提供:坪田敏男教授)麻酔をかけられたホッキョクグマと坪田教授。(提供:坪田敏男教授)北海道大学総合博物館長/獣医学研究院 坪田敏男教授。北海道大学総合博物館にて。世界のクマは、気候変動の影響で絶滅の危機に■する種も存在する。クマ研究の第一人者は国内外で研究を続け、ヒグマの科学的な情報を社会に役立てたいと奔走する。北大の研究者が考える、「クマと人との共存」とは。クマとともに生きる
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