【特集「変革する―GXへの挑戦―」】

岩と熱が拓く知の変革


アポイ岳はかんらん岩の山肌に守られ、固有種が息づいている(提供:様似町)

気候変動による被害が深刻さを増す中、エネルギーの使い方や産業の仕組みを根本から変える「GX(グリーントランスフォーメーション)」が世界的な課題となっている。GXとは、石油や石炭などの化石燃料に依存した社会から、再生可能エネルギーや低炭素技術を基盤とする持続可能な社会へと大きく転換する取り組みだ。
自然をより深く見つめ、自然の叡智をGXに生かす北海道大学の研究を紹介する。




世界的ジオサイトがGXでも注目

 札幌キャンパスから南東に約155キロメートル、北海道の“背骨”とも呼ばれる日高山脈の南端、様似町にある「アポイ岳」(標高810メートル)。アポイ岳はユネスコに認定された世界ジオパークで、約1300万年前、2つの大陸プレートの衝突によって土地が隆起し、地下数十キロメートルにあるマントルの一部が地上へ押し上げられて形成された。そのため、アポイ岳一帯はマントルそのものが地表に現れた「かんらん岩」が広く分布している、世界的にも珍しい場所だ。地質学的な価値の高いこの山がいま、新たに「水素エネルギーの源」を研究する場として注目を集めている。


世界中の地下で探索が進む「ホワイト水素」

 かんらん岩は地上へ上昇する過程で、地中や空気中の水と反応し、蛇の皮のような模様を持つ「じゃもん岩」へと変化する。この現象は「蛇紋岩化反応」と呼ばれ、反応の過程で水素ガスが発生する。水素は燃料として利用した場合、二酸化炭素を排出せず、水だけが生成されるため、次世代エネルギーとして期待されている。こうした背景から、蛇紋岩化反応で生じた天然水素は「ホワイト水素」と呼ばれ、世界各地で地下探索が進んでいる。


世界が注目する幌満かんらん岩の
荘厳な岩肌(提供:様似町)

 北海道大学も天然水素に関する国の研究プロジェクトに参画し、北海道の地質を生かした研究が始動している。かんらん岩は、含まれる鉱物の種類や量の違いによって水素の発生量が変わるため、かんらん岩の化学反応のメカニズムがわかれば、天然水素の出るサイト探索の手掛かりになる。蛇紋岩化反応の研究に携わる工学研究院の大友陽子准教授は、「アポイ岳のかんらん岩は『ほろまんかんらん岩』の名で世界的に知られ、保存状態が良いので、地球深部の化学反応を理解するのに最適な研究フィールドです」と語る。


温泉につかると天然水素が?

 一般に、蛇紋岩化反応は200~300℃の高温の条件で進むと考えられてきた。しかし、100℃以下の自然環境でも水素が生成される例もあり、その理由は明らかになっていなかった。


工学研究院の大友准教授

 大友准教授は工学研究院の大竹翼教授らとともに、アポイ岳を含む国内外のかんらん岩を対象に詳しく調べた。その結果、90℃の環境では「マグネシウムシリケートハイドレート」という鉱物が生成され、この鉱物が溶液を水素の生成に適した状態に保つことで、比較的低温でも反応が進むことがわかった。

 このメカニズムは2025年に論文として発表され、天然水素の生成環境の理解を大きく前進させた。大友准教授は、「もし蛇紋岩化反応を人為的に起こして水素を生成しようとすると、高温の反応には多くのエネルギーを要します。だから、常温に近い、温泉くらいの温度でも反応が進むのは、エネルギー効率の面でも有利です」と解説する。また、「実際に、アポイ岳の近くには、かんらん岩で作られた露天風呂があるんです。水素が出ているかも?と思って入ると、趣深いですね」と笑う。

 かんらん岩は水と反応して水素を発生する性質とともに、触れた水を強いアルカリ性に変え、二酸化炭素を溶かし込む性質もある。この効果を利用した二酸化炭素の削減方法は「岩石風化促進」と呼ばれ、世界的な注目を集めている。大友准教授は、かんらん石を含む「玄武岩」を使って、岩石風化促進の研究も進めている。


「自然の観察を一生続けたい」

 大友准教授は学生時代、「生命の起源」について知りたいという思いで研究を始めた。グリーンランドなどで約38億年前の岩石を調査し生命の痕跡を探す中で、蛇紋岩化反応が生み出す水素が微生物のエネルギー源になることを知った。

 蛇紋岩化反応をはじめ、地球の内部で静かに進む自然の化学反応は、生命の起源からGXまで、幅広い領域に影響を与えている。大友准教授は、「自然を深く理解することが、気候変動対策にもつながる。私も、自然の観察を一生続けていきたいと思っています」と語った。


再生可能エネルギーの課題に挑む


 工学研究院の能村教授。
 手元にあるのは粉末状の「h-MEPCM」が入った小瓶
 (撮影:島田 拓身)

 エネルギー転換の「ゲームチェンジャー」と期待されている分野は、天然水素だけではない。その一つが、さまざまな物質に熱を貯めておく「蓄熱」だ。

 地球温暖化対策として太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーの導入が進む一方、天候に左右されて出力が不安定なことや、日中に需要を上回る発電量が生じると、電力が余るのを防ぐため「出力抑制」が必要になることなど、課題も多い。こうした変動を緩和する技術として、蓄熱技術が注目されている。

 工学研究院の能村貴宏教授は、「余った電気を熱に変えて蓄え、必要なときに取り出す。蓄熱は再生可能エネルギーの変動を吸収する大きな可能性を持っています」と話す。能村教授は、金属材料を直径約30マイクロメートル(1マイクロは1ミリの1000分の1)のカプセルに封入し、約600℃の熱を安全かつ効率的に蓄えられる高温蓄熱材料「h-MEPCM」を開発した。


北大発、高温熱を貯める「革新的」カプセル

 名前の頭文字の「h」は北海道大学、「ME」はマイクロエンカプセル(中身を殻で包んだ微小粒子)、「PCM」は潜熱蓄熱材を意味する。「北大発の革新的な技術だということを、名前の『h』に込めました」と、能村教授は語る。

 表面の殻はセラミックスで、内部にアルミニウムを含む金属が封入されている。内部の金属は熱によって溶けたり固まったりし、その状態変化の際に発生する「潜熱」を利用することで、従来の蓄熱材の5倍以上の熱を蓄えることができる。「1リットル分のカプセルに蓄えられる熱量は、水素150リットルを燃焼させたときのエネルギーに匹敵します」と、能村教授は説明する。

 h-MEPCMの原料となるアルミニウムや酸素は地球に豊富に存在し、資源として長期的に利用できる。また、アルミニウムの融点である約600℃の熱は、産業界で使われる様々な温度帯のうち、乾燥や熱処理など約半分の用途をまかなうことができる。

 能村教授は、「例えば石炭火力発電所の設備をそのまま活用し、石炭を燃やす代わりに蓄熱材の熱でタービンを回して発電すれば、既存インフラを生かしながら脱炭素化を進めることができます」と解説する。すでに企業との提携も進み、電気自動車や燃料電池の熱管理・温度制御、蓄熱機能を備えた触媒など、異分野との連携も視野に研究が展開されている。

 「熱を貯める」という一見シンプルな現象の背景には、材料科学、熱工学、エネルギー政策など多様な知が交差する。能村教授の研究は、再生可能エネルギーの活用、産業の省エネ、そして脱炭素社会の実現に向けて、確かな一歩を刻み続けている。


蓄熱モジュールの性能を評価する装置
(撮影:島田 拓身)

北海道から世界へ 知のGX拠点設立

 北海道は、太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギー利用が盛んで、GX推進の機運が高まっている。こうした中、北大は2025年度、学内のエネルギー研究を束ね、社会実装へとつなげる拠点として「GX先導研究センター」を設立した。


北大発の蓄熱材「h-MEPCM」は、
何千回もの高温試験を経て開発された
(撮影:島田 拓身)

 センターには、大友准教授、能村教授をはじめ、再生可能エネルギーや蓄熱、蓄電池、触媒研究など、北大が強みとする分野の研究者約80人が10部局から参画し、分野を横断し先駆的な研究を推進している。さらに、センターは国や自治体、金融機関とも連携し、研究成果を社会へとつなげる役割も担う。サロンや懇談会を定期的に開催し、企業・自治体・金融機関とともに学内外でGXの課題と可能性を議論する場を積極的に設けている。

 センター長の幅ア浩樹工学研究院長は、「GXには社会との共創が欠かせません。北大が培ってきた多様な研究と企業をつなぐと同時に、技術普及のための政策的な連携も図っていきたいと考えています」と語る。


GX先導研究センター長の幅ア工学研究院長

 北大の中期的ビジョン「HU VISION 2030」では、持続可能なWell-being社会の実現を掲げている。幅ア工学研究院長は、「GXはHU VISION 2030の方針にも合致しています。センターが知の拠点となり、気候変動を抑えつつ経済を発展させるGXの取り組みを、北大から世界へ広げていきます」と展望する。

 北大の研究者たちは、地球深部の化学反応から産業の熱利用まで、自然の仕組みを深く理解し、その力を最大限に生かす研究を進めている。

 自然の力を生かしてGXを発展させていく北大の挑戦は、これからも続いていく。


北海道大学グリーントランスフォーメーション先導研究センターWebサイト
https://hu-gxc.eng.hokudai.ac.jp/


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