通年連載企画
いったい、大学は何を指導しているんですかっ!

大学祭の禁酒と市民
本記事の中に事実と異なる内容がありましたのでWeb版を訂正しました。
なお、冊子体は次号に訂正記事を掲載する予定です。

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 日頃、学生さんへの苦情の窓口を担当するミスターK氏にとっては、雪解けから夏場にかかる頃が一段と忙しくなるシーズンです。自転車マナー、飲酒、騒音、ゴミ分別等、周辺住民と接触する場面はいろいろですが、お叱りをいただく中で、いつも必ず浴びせられる言葉が、「いったい、大学は何を指導しているんですかっ!」はて、大学生は立派な大人じゃないの。いまさら大学に教育されなくたって道徳観念は身につけているはず?いや、教育機関である以上、学生のモラル低下は大学の責任なのだ。…と、その周辺部分で、ああだこうだと物議を醸し出すことが多く…、この際、そんな話題で盛り上がってみようと思った訳なんです♪

過去30年、酒が理由で死亡した国公立大生の約4割が北大生という事態

 2005年初夏、北大の学生委員会委員長(副学長)と課外活動専門委員会委員長は、連名で大学祭における酒類の持ち込みと販売を禁止する掲示を張り出した。
 学生側の大学祭実行委員会もこれを受け容れており、「禁酒」の大きな看板を設置した。大学祭期間中の禁酒は、かなり厳格に守られた。
 専門委員会委員長だった私は、毎日、中央道路の左右に並ぶ模擬店を見回ったが、二日目の夜であったか、顔見知りの女子学生に出会った。今年の大学祭の様子はどうか、と尋ねたところ、「酔っぱらいがいないので気持ちがいいです!」というのが彼女の第一声であった。
 私は少々安心するとともに、前年までの大学祭の「惨状」を思い、あれは訪れる大勢の市民にどう見えていたのだろう、と考えた。ひどいものであった。
 2003年の大学祭では、17人の学生が全く動けなくなる泥酔か、北大病院に救急車で直送される急性アルコール中毒に陥った。学生委員会は強く注意を喚起したが、2004年にも13人の学生が同様の事態に陥った。当時、私の研究室は高等教育機能センター、つまり大学祭の中心地にあったが、夜には救急車のサイレンの音の響いて来ること、一度や二度ではなかった。「またか」と思い、「飲む方も、飲ませる方も、どうかしているのではないか」と思ったものである。
 2005年春、たまたま全学の学生委員会のメンバーとなり、課外活動専門委員会の委員長にも指名されたのだが、第1回の学生委員会の終了するころ、特別委員である保健管理センター長の武藏先生(医学部教授)が、印象的なスピーチを行った。
 過去30年、酒が理由で死亡した旧国立大生の1/4が北大生である。事態は深刻である。来る大学祭では学生たちの飲酒を何とかして止めさせてほしい、といった内容であったと思う。
 これは大変なことになった、というのが私の実感であった。回りにいた委員の中には「無理、無理」といった顔で苦笑している委員もいた。しかし、実際に武藏先生と話してみると、事態は本当に危機的だということが私にも理解できた。
10年ほど前まで、アルコールで死亡する北大生が続出したが、その後は諸注意もあって小康状態が続いている、しかし昨年(2004年)、一昨年(2003年)の状況を観察していると極めて危ない、また死者が出そうな雰囲気だ、というのである。最近、医学部の医者複数が大学祭期間中は緊急事態に備えて待機してくれる体制ができつつあるが、しかし、「いざとなれば医者が介抱してくれる」と安心するようになったのか、学生は前よりひどく飲酒するようになった、「イヤなマグマが蓄積中です」、今年はもう、ドクターの待機を中止し、医者をアテにして飲まぬよう、警告するつもりです、とも言う。
 そのころ、私が委員長になったと聞いて、大学祭実行委員会で活躍した経験のある、ある学生が内部告発的な貴重な情報を提供してくれた。
 悪質な連中の模擬店が少なくない。大学祭を訪れる市民・学生は少なくとも数万人で、1人が千円分飲食しても数千万円の大金が落ちる。連中は、ともかく儲けたいから、客、特に学生には思いっきり飲ませている。350ccの缶ビール(観光地のホテルでは350円)なんて大量仕入れすれば百数十円になる、それをグラス2杯分にして1杯200円で販売する。焼き鳥の串も中国製の安いのを仕入れ、焼いて高く売る。ものすごく儲かる。
 民間の焼肉業者やバー経営者も入り込み、ふだん自店に来る北大生をウェイターにし、学生の名前で営業している。場所代はタダなのだから、儲かる。時には高校生にも飲ませる。こういった悪質な連中は、実行委員会の指示など聞く気がないし、学生がどんなに酔っていても「それ飲め、やれ飲め、医者つきだ!」と言って、とことん勧める。学生が急性アル中で死んだって、逃げるか、本人が自分の意思で飲んだのだと言えばよいし、責任なんか取る気はない。夜になると喧嘩は起こる。暴走族は入ってくる。

 実行委員会の事務局員学生は必死に駆け回り、泥酔者を担架(ストレッチャー)で運ぶ。危ない学生を実行委本部に連絡する。一番怖いのは、眼に付きにくい場所で倒れている学生。しかし、後始末がまた大変。校舎内外は勿論、汚れたトイレの床を掃除する、便器に詰まった嘔吐物を引っ張り出す、油で汚れた机類を拭いて各教室に戻し点検する。スコップを手に外に出て、芝生や樹木の根もとに吐き出された嘔吐物を埋めたり土をかけたりする。最後(日曜)の夜は徹夜になる。
 「僕らは疲れはて、少々うんざりしています。大学当局が強く出て、全面禁酒にしたって、そう激しい反発はないと思いますよ。模擬店以外の行事を、もっとやるべきだ、と思っている仲間は少なくありません。」
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 大学祭の暗い側面をこれほど具体的に聞いたのは初めてであった。私は彼の性格を知っており、大袈裟な嘘・出鱈目を言う人物ではないと思ったから、この内部告発は貴重であった。私は、初めて、実行委員会にそのような空気があるのなら、禁酒が可能ではないかという心証を持った。
 大学祭は、大学側が休講措置を取り、百万単位の補助金を投じる公式行事である。そこで18歳・19歳の未成年学生が堂々と飲酒し、酔いつぶれて市民に醜態をさらすのは問題だし、営利のため高校生まで呼び込む飲酒模擬店があるというのでは、放っておけない。
 それにしても、なぜ、「大学祭」が、高校時代の延長の如く、模擬店のオンパレードになるのだろうか。炊事遠足の延長なのだろうか。一番盛り上がるのは1年生だというから「受験勉強打ち上げ大コンパ」のつもりだろうか。クラス単位で行う模擬店は良心的で、そう暴利をむさぼってはいないしマナーも悪くない、というが、しかし、なぜ模擬店なのだろうか。私が北大生だったころの大学祭では、模擬店というのは、一番安易で芸のない、少数クラスの「出し物」だったのに……。大学生は「幼児化」したのだろうか。こういったことはかねがね私の頭の中にあり、今でもそうである。
 その後、2004年大学祭の実行委員会が学生支援課に提出した「報告書」を読むに及んで、私の気持ちは固まった。事務局員学生諸君の手書きのメモを連ねたナマ資料のコピーであったが、「Do」という模擬店で起こった事件が生々しく記録されていた。飲みすぎか飲まされすぎか、1人の学生が意識不明になり、口から泡を吹き、全身痙攣し始めた、事務局員学生が駆けつけ、回復体位をとらせたが痙攣がひどく、背中にカバンをあてて気道を確保した、血も吐き始めた、北大病院救急に直送した、という記録である。危機一髪であった。他にも相当危険だったのではないかと思われる事故がいくつも記録されていた。
 どうして誰かが「おい、もう飲むのはやめろ!」「これには、もう飲ませるな!」と止めないのか。死者が出たら、一体、誰が責任を取るのか。本人の責任だとしても、前途ある若者が酒で死ぬ、などという馬鹿げたことが大学であってよいものだろうか。私は、北大の大学祭での飲酒は、断固やめさせるべきだという、武藏保健管理センター長と同じ結論に達した。
 その他、この「報告書」には、実行委から「ゲリラ」と呼ばれた民間業者がさかんに出没し、勝手な販売を繰り返すことが記録されていた。北大祭は「儲かる場所」に変質していたのである。
 その後の実行委員会との交渉は、なかなか大変であった。実行委員長・副委員長・書記長の学生諸君も必死であったと思う。飲酒は40年以上の「既得権」であり「伝統」である。「祭りに酒はつきものです。」と何回言われたことだろう。特に毎年、営利を目的として酒類販売の模擬店を営業してきた諸君は、「強硬派」として激しく執行部を突き上げたに違いない。
 しかし我々大学側との交渉で激しいやり取りはあったものの、実行委員の諸君は紳士であった。昔の大学紛争のような「怒鳴り合い」や「ののしり合い」は一度もなかった。そのうち、1年生の各クラスでは、大学当局の言うことはもっともだ、と禁酒賛成が多数になった、という噂が流れてきた。学生側にも様々な意見が出てきたのである。
 しかし、大学側の足並みは、珍しいほど、そろっていた。学生委員長(副学長)の佐伯先生も飲酒反対であった。私の委員会でも飲酒賛成はなく、特に副委員長は学生諸君に的確な反論を繰り返して私を助けてくれた。事務方もブレることなく学生と相対してくれた。課長は、飲酒事故が医療関係者に多大な迷惑を及ぼすことに批判的であった。専門員は、いつも、おっとりと落ち着いて電話口に出てくれるので、私は少々苛々している時でも、なんとなく落ち着いたものである。この人は学生側からも敵視されなかったにちがいない。係長も矢面に立ち、学生側の申し入れを迅速かつ正確に伝達し続けてくれた。
 私が飲酒で死者が出た場合は実行委員会が責任を取ってくれるのか、取れないだろう、昨年・一昨年の「惨状」は君らが大学祭を完全には統制できないことの証拠じゃないか、と言った時、実行委員長はうなずいた。わかってくれたのだと思う。私の独断だったが、どうしても飲酒を強行するならば、来年からの大学祭の休講措置や予算措置は期待しないでもらいたい、とまで言った。そこまで言わないと学生執行部も「強硬派」を説得できなかったと思う。学生執行部も指示に従わないで事件を起こす模擬店グループ(「悪質団体」と言っていた)には手を焼いていたのである。

酒がなければ学祭が盛り上がらない、という主張はくつがえされた
 かくして2005年から北大祭は禁酒となった。酒類販売できないなら出店しない、と言って模擬店数店がただちに撤退を表明した。語るに落ちたというべきか、彼等は酒で儲けたかっただけではなかろうか。中には北大の敷地に隣接した民間の空き地に目をつけ、数日間の借地を申し込んだグループもあった。ここで「営業」しようというのであったが、それは成功しなかった。スキあらば販売してやろうと思って出店したグループもあったらしい。見回っていた私は強く警告したが、その学生はふてくされた態度で「俺たち酒売り党にはショックだよ。」と言った。
 2006年からは実行委員会側が自主規制する形で禁酒が続いている。留学生の出店する異国の食物は人気があって良く売れているし、名物となった「お好み焼き」店の前の行列は途切れることがない。訪れる市民は多い。酒がなければ学祭が盛り上がらない、という主張はくつがえされたようである。市民に酔態を誇示するのが大学祭ではあるまい。酒ならば薄野で飲めばよいのである。アカデミックな催しも増えつつあるのは喜ばしいことである。
 「一部の不心得者のせいでクラス行事や学生の楽しみが狭められた。」などと言うのは止めにしてほしい。その「不心得者」の模擬店に入り込んで痛飲したのは、一般学生である。双方に責任がある。大学祭がいかにあるべきかを考えるのは、学生全体の課題である。
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