入 学 式 |
総長 中 村 睦 男 |
新入生の皆さん,北海道大学への入学を心からお祝いいたします。また,晴れて入学した皆さんを今日まで育んでこられたご両親,ご家族はじめ関係される皆さまのお喜びもいかばかりか,ご同慶の至りに存じます。
本年度の学部入学者は,医療技術短期大学部を改組した医学部保健学科が新たに加わり総計2,662名であります。そのうち外国から来られた留学生は35名であり,全国47都道府県からあまねく集まっていますことは,北海道大学が全国区型の大学であることを示しています。
北海道大学は,今年4月1日より国立大学法人北海道大学として新たに出発しましたが,法人化にあたっては,優れた人材を育成すること,すなわち,教育こそが大学にとって最も重要な使命であることを教職員一同改めて確認し,皆さんをお迎えするわけであります。大学が個性と特色を求められているなかにあって,幸い私たちの北海道大学は,北の大地で“lofty
ambition”(高邁なる大志)を唱えたクラーク先生の教えに始まる128年の歴史とともに,確固とした教育研究の理念を培ってきました。昨年9月に定めた「北海道大学の基本理念と長期目標」では,「フロンティア精神」,「国際性の涵養」,「全人教育」および「実学の重視」を謳っています。
新入生の皆さんが最初に学ぶ全学教育では,教育研究の基本理念は次のように具体化されることになります。まず,「全人教育」の理念は,札幌農学校が農業専門家の養成に止まらず,豊かな人間性教養と高い知性を兼ね備え,広い教養を身につけた人間の育成を図り,内村鑑三,新渡戸稲造,宮部金吾,志賀重昂などの優れた人材を輩出し,さらに第二次大戦後の新制大学への転換にあたっても,教養教育重視のシステムを作った本学の伝統の中に息づいています。現在の全学教育は,あらゆる専門の学修・研究に欠かすことのできない基礎科目を中心に組み立てられていますので,皆さん方は全学教育で展開されている授業を自分の専門とは関係がないと考えないで,幅広く教養を深めることを心がけてください。このような北海道大学の教養教育システムは,昨年度文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に採択され,全国的にも極めて高い評価を受けていることを特に強調しておきたいと考えます。つぎに,「国際性の涵養」の理念とは,日々の授業だけでなく,外国人留学生との交流や外国留学を通じて,言語,宗教,民族などに違いのある異文化を理解するとともに,高度の外国語コミュニケーション能力を養うことを意味します。「実学の重視」の理念は,実物を重視するフィールド学習の授業として具体化しております。北方生物圏フィールド科学センターの演習林(研究林)や農場,水産学部附属練習船,理学研究科附属地震火山科学センターなどを使った一般教育演習は,刺激的な体験学習として学生諸君に人気があり,北海道大学の教養教育の特色になっています。
これから北海道大学で4年ないし6年の学部生活をどのように過ごすか,皆さん方はそれぞれ夢と希望を持っていることと思います。私は,新聞に掲載された,北海道大学に関係のあるお二人からの投書を読んで,強い印象を受けましたので,ここで全文を紹介したいと思います。
一つは,昨年3月15日付け『朝日新聞』に掲載された「北大の4年間は母たちに感謝」と題する,昨年の卒業生岡本悠太さんの投書です。
「大学進学のため,東京から北海道に来てもうすぐ4年になる。間もなく卒業を迎えるが,勉学に部活に悔いのない4年間だった。
北海道にあこがれ,北海道の大学を目指して勉強していた浪人時代を思い出す。不況のさなかに自営業で生計を立てる実家の家計に余裕はなく,実家から通える大学が数多くある中,北海道の大学を目指すことは父や兄から反対された。
母にも意見を求めたところ,母は「確かに東京の大学に行ってくれたらという思いがある。でも,親の手で子供の夢を押さえつけることは絶対したくない。本気なら応援するよ」と言った。支えてくれる人がいるうれしさと安堵から涙が出た。
先の見えない不況から,暗いニュースを聞かない日はない。でも,こんな時代だからこそ,お金では買えない夢を持つ大切さを思う。あの言葉がなかったら,今の僕はなかった。
希望していた企業で4月から働ける幸せを胸に,精いっぱい努力して立派な社会人になる。それが今の僕にできる最大の恩返しであると信じている。」
この投書は,北海道大学で充実した学生生活を送った先輩からの力強いメッセージであります。また,学生にとってご家族の精神的・経済的支援がいかに大きなものであるかということに思いをいたしております。
もう一つの投書は,昨年5月17日付け『朝日新聞』に掲載された「叔父に特攻を志願させた国」と題する山崎雅保さんのものです。
「旧海軍特攻隊に志願して死んでしまった叔父がいました。私は,彼が20歳で特攻死して4年後の生まれ。写真でしか会ったことはありません。学徒出陣の波にさらわれ,ごく短期間の訓練を受けただけで特攻を志願してしまったようです。
ゼロ戦に乗った叔父に,少年時代の私はあこがれていました。20歳で死なねばならぬところに追い込まれた心中を察することなどないまま過ごしました。私は約10年前,叔父の母校の北海道大学に行き,散歩しました。広々としてたくさんの木々に恵まれたキャンパス。心地よい散歩でした。
しかし歩くうちに,そこで学んでいた若い叔父の姿がリアルに浮かび上がりました。彼がこのキャンパスに残しただろう思いが押し寄せました。死にたくなかったろうに。好きな女性だっていただろうに。もっと勉学したかったろうに。友と語り合いたかっただろうに。私は,慟哭しながらキャンパスをさまよいました。
叔父は最後に戻った実家で1歳半だった私の兄を抱きながら言ったそうです。「私という人間が生きていたことを,この子に伝えてください」。私は,この叔父に生きていてほしかった。悔しくてなりません。」
山崎さんの叔父さんである山崎幸雄さんは,北海道大学の土木専門部を1943年9月に繰り上げ卒業し,海軍飛行予備学生に配属され,敗戦の2ヶ月半前の1945年4月に西南諸島で戦死したことが確認されております。今日,皆さんは学業に専念できることの幸せを自覚するとともに,若者が学業を中断して戦地に赴くことのない世界平和のシステムの構築を考えてください。「国際性の涵養」の理念を具現した卒業生である札幌農学校二期生新渡戸稲造は,「太平洋の架け橋となりたい」という若き日の思いを生涯かけて実行しましたが,特に第一次世界大戦後に結成された国際連盟の初代事務次長として7年以上にわたって国際紛争の平和的解決のために尽力しました。どうか新入生の皆さん方が,国際紛争を戦争によらずに平和的に解決する方策を在学中のテーマとして様々な専門分野で追求されることを願っています。
本日の入学式の後に行われます特別講演会は,北海道大学で学んで社会の第一線で活躍する先輩の生の声を新入生に直接伝える企画として,今年度から実施するものです。最初の特別講演第1号に相応しい先輩として,高校生のころより北海道の自然に触発されて自然科学者を志し,科学者宇宙飛行士として活躍されている毛利衛さんにお願いしました。毛利さんのお話から多くのことを学び取っていただきたいと思います。
北海道大学は,世界水準の研究教育拠点形成のための国の事業である21世紀COEプログラムに10件採択されていますが,これらの拠点をはじめとする多様な専門分野を擁する日本の基幹総合大学のひとつであります。入学した皆さんが将来国の内外において第一線で活躍することを確信して私ども教職員は教育にあたっています。総合大学としての利点を生かして,多角的視点で学問を研鑽するとともに,友人を作り学生生活を十分楽しみながら成長していくことを心から念願して入学式の告辞を結びます。 |
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