| 名誉教授 藤本昌利氏は,病気療養中のところ,平成16年11月9日午前10時11分肺水腫のため御逝去されました。ここに先生の生前の御功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
先生は,昭和2年12月16日岡山県に生まれ,昭和25年3月東京大学理学部化学科を卒業し,同年4月東京大学大学院に進学しました。昭和27年東京大学理学部助手に任ぜられ,同33年10月同学部講師に昇任されました。この間,昭和32年5月には東京大学より理学博士の学位を授与されております。昭和37年からは3年間にわたり,西ドイツに留学されました。昭和41年5月北海道大学に理学部教授として赴任され,化学第二学科放射化学講座(昭和46年錯体化学講座に改称)を担当されました。平成3年3月北海道大学を停年退官され,同年4月同大学名誉教授の称号を授与されました。退官後は,平成3年4月より同10年3月まで東京理科大学長万部校で引き続き化学の教育に尽力されました。
先生は永年にわたって,化学,特に錯体化学ならびに分析化学の教育と研究に務められ,北海道大学の研究および教育に多大な足跡を残されました。藤本先生のご研究は大きく3つに分けられます。第一は,イオン交換樹脂による微量金属解析手段としての「樹脂点滴法」の創始と確立であります。この方法は簡便で精度の高い方法として高い評価を受け,この業績により昭和57年に日本分析化学会賞を受賞されました。ご研究の第二は,溶液内錯体の迅速反応の速度論的研究でありまして,先生のご業績の中でも最も中心的な位置を占めるものです。金属イオンの検出,分析には有機キレート試薬が用いられます。この試薬と金属イオンとの間に生ずる化合物(金属錯体)の構造は当時かなりわかってきておりましたが,それが生成する過程(錯形成反応)は反応が迅速なため良く調べられておりませんでした。先生はこのような迅速反応の追跡に,ストップドフロー法,温度ジャンプ法などの手段を導入され,多くの錯形成反応の過程を詳細に明らかにされました。そして,反応の過程でしばしば重要な反応中間体が生成することを見出すなど,これらの手段の導入なしには明らかに出来なかった数々の重要な成果をあげられました。それまで広く用いられていた標準データを改めるなど,これらの研究業績は国際的にも高く評価されております。第三のご業績は,迅速反応解析手段の開発であります。金属錯体の構造を明らかにする手法の一つにEXAFS法という方法があります。X線を試料に照射し,その反射データを解析して構造情報を得る手段ですが,先生はこれを迅速反応測定手段と組み合わせた実験室系ストップドフローEXAFS装置を開発,初めて反応の初期過程に生ずる化学種の構造情報を明らかにすることを可能としました。
藤本先生は分析化学の分野からご研究を始められ,しだいに有機化学と無機化学の複合領域としての錯体化学の分野にご研究を展開されてゆきましたが,教育面でもこのことを反映され,先生の所属されておりました北海道大学理学部化学第二学科でのカリキュラムや研究指導に,狭い意味での分析化学的教育を排除して境界領域の教育体制の確立することに努力されました。先生の確立されましたこの体制は,その後の大学院重点化後の理学研究科化学専攻の教育体制にも受け継がれて現在に生かされております。
先生は昭和46年に北海道大学内に設置された「廃水処理委員会」の初期からの委員を勤められ,後にこれが発展した「有害廃液管理委員会」の委員長をつとめられ,有害廃液管理機構の確立,運営に尽力されました。現在の環境問題への厳しい対応の必要性をみれば,極めて先見の明のある大きな貢献であったと言えましょう。また,北海道大学国際交流委員会では,英文カタログの初代編集委員長として,同カタログの画期的な変革に尽力され,国際的な情報発信の必要性を実践を通して訴えて来られました。
先生は独自の明るい個性で先生の元で学んだ学生は元より,同僚の先生方,学会で交流のあった方々にたいへん鮮明な思い出を残されました。カメラを趣味とされた先生はたくさんの印象深い写真も残されました。現在としてはまだまだ早過ぎる御逝去は,まことに悔やまれます。ここに謹んで先生の御冥福をお祈り申し上げます。
(理学研究科・理学部)
|