新入生の皆さん,北海道大学への入学を心からお祝いいたします。また,晴れて入学した皆さんを今日まで育んでこられたご両親,ご家族をはじめ関係される皆さまのお喜びもいかばかりか,ご同慶の至りに存じます。
本年度の新入生は,総計2,643名であり,全国47都道府県からあまねく集まっております。このことは,北海道大学が文字通り全国区型の大学であることを示しています。また,世界5ヵ国から24人の留学生を新たに迎えることができました。
北海道大学は,昨年4月より国立大学法人北海道大学として新たに出発しましたが,優れた人材を養成すること,すなわち,教育こそが大学に与えられた固有の使命であることを教職員一同改めて肝に銘じ,皆さんをお迎えするわけであります。大学が個性と特色を求められているなかにあって,幸い私たちの北海道大学は,北の大地で“lofty
ambition”(高邁なる大志)を唱えたクラーク博士の教えに始まる129年にわたる歴史のなかで,確固とした教育研究の理念を培ってまいりました。2003年9月に定めた「北海道大学の基本理念と長期計画」では,本学の教育研究の理念を「フロンティア精神」,「国際性の涵養」,「全人教育」および「実学の重視」の4つに集約しております。
新入生の皆さんにとっては,これら4つの教育研究の理念のうち,「全人教育」と「国際性の涵養」が特に重要です。
「全人教育」とは,人間性を全面的・調和的に発達させることを目的とする教育を意味し,教養教育と密接に結びついております。本学の源流である札幌農学校は,その名前から受ける印象とは異なり,学士号を授与する権限を持つ日本初の近代的大学でした。クラーク博士が編成したカリキュラムのなかに,農業に関する専門科目だけではなく,即興弁論,修心学,演説などの科目が並んでいることにみられるように,札幌農学校は,農業の専門家にとどまらず,豊かな人間性と高い知性を兼ね備え,広い教養を身につけた人間の育成を図っていました。このことは,札幌農学校の卒業生から内村鑑三,新渡戸稲造,志賀重昂,有島武郎など思想・文学をはじめ,人文社会科学分野における優れた人材を輩出したことにも示されています。北海道大学における全人教育の理念は,専門的知識を活用するための総合的判断力と高い識見を備えた人材の育成の基盤としての教養教育を重視する伝統として,札幌農学校から今日まで受け継がれております。
教養教育の目的は,専門分野の枠を超えた自然,人間,社会の全体像についての知識を獲得するとともに,調査能力や言語による表現能力を習得するところにあります。北海道大学の教養教育は,本学のすべての教員が協力して行うため全学教育と呼ばれています。全学教育のカリキュラムでは,単一の学問分野を基礎とした分野別科目や複数の学問分野を融合した総合講義である複合科目の選択によって,自己の専門分野を超えた幅広い知識を獲得するとともに,少人数教育として実施される一般教育演習や論文指導を受けることによって,調査能力や言語による表現能力を十分に養ってもらいたいと願っています。
北海道大学の教養教育とそのシステムは,2003年(平成15年)度に,文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」(グッド・プラクティス)に採択されたことに示されているように,全国的に非常に高い評価を受けているものであります。初年時に受ける幅広い教養科目の履修や表現能力の訓練は,将来その努力が結実するものでありますから,皆さん方は,全学教育で展開されている授業を自分の専門とは関係のないものと考えないでください。
「国際性の涵養」は,「教養教育の充実によって自文化の自覚に裏づけられた異文化理解能力を養い,外国語コミュニケーション能力を高め,国際的に活躍できる人材を育成することの必要性」を理由としています。グローバル化がますます進行する21世紀社会において,文化の多様性を認めあわなければ人類の平和的共存が危なくなるという状況の下で,外国語を学ぶことは,自分の世界を広げ,自分の思考を異文化理解に向けて多元化するために重要であることは自明であります。北海道大学では,英語,ドイツ語,フランス語,ロシア語,中国語から2ヶ国語を選択必修とし,さらに,イタリア語,スペイン語,朝鮮語,ポーランド語,チェコ語,ハンガリー語,ギリシャ語,ラテン語を学ぶことができます。
札幌農学校2期生の新渡戸稲造は,『武士道』をはじめ,数々の英文の著書を出版し,第一次大戦後に設立された国際連盟の事務次長を7年以上も務めた国際人ですが,国際連盟事務次長在任中の1929年に英語で書いた『日本における外国語の効用とその研究』のなかの「民族の言語的不適性」と題する章において,日本人の外国語の資質について次のような興味ある指摘をしています。
「おそらく極東におけるどの民族も,日本人ほど言語の才能に恵まれない国民はいないであろう。それは沈黙が主要な命令の一つである禁欲的訓練のためであろうか。それは外国の言葉はみな野蛮と考えた,他の世界からの長い鎖国から生まれた伝統のせいであろうか。それとも,地理的位置からくる精神的島国根性のせいであろうか。それとも封建時代から受け継いだ,一般の社会的無関心のせいであろうか。これらの理由はどれもまたすべてが,外国語に対する日本人の嫌悪を説明できることかもしれない。日本人には,会話的能力を引き出し,訓練する,あの明るい身のこなしが欠けている。こうして,日本人には語学者の素質がないのである。」
新渡戸稲造が,日本人の言語的不適性の理由として,沈黙尊重の伝統,鎖国,島国根性,社会的無関心に続いて,「会話的能力を引き出し,訓練する,あの明るい身のこなしが欠けている」ことをあげているのは,適切な指摘であると考えます。どうか皆さん方も外国語の授業を受けるときには,「明るい身のこなし」を心がけて勉強してください。
さらに,新渡戸稲造は,「言語的不適性」に続く,「西洋語研究の効果」と題する章で,外国語研究の効果として,まず,「外国語の習得は,言語一般について立派な働きをする知識を与え,かつ,学者に,母国語の宝庫に導くこれまで思いもよらなかった門戸を開放する」として,外国語の習得が母国語の理解を深めることを明らかにしています。次に,「外国語の研究によってもたらされた西洋に対する賞賛は,国際心を育成するのに強力な心理的影響を与えた」として,外国語の研究により国際心が育成されること,すなわち,「国際性の涵養」がなされることを指摘しています。新渡戸は,80年近く前に今日でも通用する外国語教育の本質に対する洞察を行っているのです。
文部科学省は,2003年(平成15年)3月に「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」を策定し,中学校・高等学校卒業者に対しては,日常的な話などについて英語で会話ができるようにし,大学を卒業したら仕事で英語を使えることを目標にしており,その一環として,来年度から大学入試センター試験に英語のリスニングテストが導入されることになっております。21世紀の国際社会で活躍することが期待されている若い皆さんは,外国語教育の重要性を十分認識して,学習に励んでもらいたいと願っております。現在,北海道大学ではアジアを中心とする世界各国から集まっている800名近くの外国人留学生が学んでいます。身近なところで外国人留学生との交流を行ってください。
北海道大学での学生生活を充実させるためには,正規の教育課程に従った勉学のほかに,北海道の恵まれた自然を活用して,サークル活動や仲間との交流によって,心身を鍛えるとともに,視野を広げ,感性を磨くことも大切です。また,本学では,毎年,国際的・全国的な学会やシンポジウムが数多く開かれております。学生や市民の皆さんが出席できる講演会やシンポジウムも少なくありません。一流の人物やその道の第一人者の生の話を聞くことによって,それまで自分では気づかなかった問題に対する関心が呼び起こされることがしばしばあるものです。
本日入学式の後に行われる特別講演会の講師をお願いしています名誉教授の鈴木章先生は,工学部教授時代の1979年に発見された「スズキカップリング反応」が,その後世界的に注目されるようになり,一昨年は日本学士院賞を受賞され,昨年はノーベル化学賞の有力な候補者として報じられたことは私どもの記憶に新しいところであります。鈴木先生の講演から皆さん方それぞれが何かを学び取っていただきたいと思っております。
本日新たな決意を持って入学した皆さんが,将来国の内外において志を大きく抱いて活躍されることを確信して,私どもは教育に当たっております。専門を異にする学部や大学院が多数存在する総合大学の利点を十分生かして,広い視野で勉学に励まれることを念願して入学式の告辞を結びます。
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