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福冨忠男関係資料を大学文書館で受贈

 2月17日(火),大学文書館では,福冨忠男関係資料を,ご息女の横山明子氏からご寄贈いただきました。
 福冨忠男(1893〜1970)は,1918(大正7)年東京帝国大学理科大学地質学科を卒業後,農商務省技師(鑛務・農商務,1918〜1919),東京帝国大学工学部講師(1919〜1922)を経て,1922(大正11)年6月北海道帝国大学大学予科教授に着任し,直ちに応用地質学研究のため2年間にわたり欧米留学しました。帰国後,工学部開設準備に携わり,1925(大正14)年5月工学部応用地質学講座の初代教授となりました。鉱山学,土木地質学などの講義を担当し,北海道の銅鉱床・金鉱床などの鉱床学研究をすすめ,1956(昭和31)年停年退官されました。
 この度,受贈した資料は,辞令18点,手帳2点,出欠帳6点,旅券2点,証書類6点,書簡3点,写真帖2点,アルバム1点等の53点です。
 例えば,旅券は,福冨忠男教授が欧米留学の際に使用したものです。同伴の梅子夫人の旅券も揃っています。

 また,アルバムは,1929(昭和4)年,工学部鉱山学科の第2回卒業記念のものです。同学科教官や学生の写真のほか,鑿岩機・圧搾機・選鉱・顕微鏡実験などの様子も写されています。「白亜館」と称されるほど瀟洒な建物であった工学部,開設にむけて建設途中の理学部,大学正門(現在は南門として使用)などの写真や,附属医院の横を路面電車と人力車が走っている写真もあり,往時のキャンパスと市街風景がうかがえます。
 今後,受贈資料については,大学文書館において整理の上,大切に保管し,沿革資料として活用いたします。
欧米留学の辞令と旅券(1922年) 西5丁目通り(附属医院横)
欧米留学の辞令と旅券(1922年) 西5丁目通り(附属医院横)
(大学文書館)

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