名誉教授 保原喜志夫氏は,平成21年2月19日,73歳でご逝去されました。ここに生前のご業績や学恩を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
先生は,昭和10年5月11日に仙台において生まれ,昭和34年3月東北大学法学部を卒業し,その後東京大学大学院法学政治学研究科において修士課程および博士課程を修了し,昭和41年に同研究科から「フランスにおける労働災害の概念」により法学博士の学位を授与されました。昭和39年に東京大学法学部助手になり,同42年に北海道大学助教授として赴任され,同45年に教授となられた。その間に昭和42年から2年間フランス政府給費留学生としてフランスのグルノーブル大学に留学し,また昭和59年から1年間文部省在外研究員としてフランスのパリ大学で在外研究に従事されました。
法学部の運営については,昭和60年8月から評議員をつとめ,その後同61年12月から63年12月まで学部長として活躍されました。また,大学行政についても,平成7年4月から同9年3月まで副学長の重責を果たされ,平成11年3月末日をもって本学を停年退官されました。同年本学名誉教授の称号を授与され,その後天使大学教授となられました。この間,同氏は,労働法,社会保障法の研究,教育に携わるとともに,法学部及び大学運営に対して多大な貢献をされました。
先生の研究業績は,労働災害および安全衛生の法理が中心であり,比較法的な研究とともに具体的な立法作業に関与されています。理論的に深められているとともに,厚みとバランスのとれた業績であるとの定評があります。同時に,労働法全般についても,シャープな問題提起をしており,労働法学界に対しても多大な影響を与えました。
第一に,労災・安全衛生の法理については,花見忠教授(上智大学)とともに編集した,『労災補償・安全衛生50講』(1975年,有斐閣)及び山口浩一郎教授(上智大学),西村健一郎教授(京都大学)とともに編集した『労災保険・安全衛生のすべて』(1998年,有斐閣)が定評のある概説書となっています。労災補償理論の集大成ともいうべきは,「労災補償責任の法的性質」現代労働法講座12巻(1983年,総合労働研究所)であり,諸外国の多様化する労災補償の在り方をふまえ,不法行為システム,災害保険システム,社会福祉システムの観点から原理的な考察を行っています。また,1973年に導入された通勤災害制度については,「フランス法における通勤途上の災害」法学協会雑誌84巻2号(1968年)及び「通勤途上災害における経路の逸脱中断について」石井照久先生追悼論集『労働法の諸問題』(1974年,勁草書房)等の業績を発表しています。さらに,企業の健康管理体制の在り方を,産業医制度の観点から論じたものとして,「産業医制度の課題」外尾健一先生古稀記念『労働保護法の研究』(1994年,有斐閣),「産業医をめぐる法律問題」日本労働法学会誌86号(1995年)があります。特に先生が,総論をまとめるとともに全体の編集をした『産業医制度の研究(1998年,北大図書刊行会)は,北大の社会保障法研究会を中心とするメンバーにより執筆されたものであり,労働者保健の在り方を考えるための必読文献とされています。
第二に,先生は労働基準関係の新立法や改正に研究会の座長等として関与し,各立法の背景,論点,課題につき周到な研究を発表されています。労働時間短縮との関連では,「労働時間制のあり方」ジュリスト1000号(1992年),パート労働者については,「パート労働者への社会保険等の適用」ジュリスト1021号(1993年),介護休業法については,「介護休業法制の検討(上)(下)」ジュリスト1064号,1065号(1995年)をあげることができます。いずれの論説も,制度の形成過程を正確に理解するうえで有益であるとともに,将来の制度設計・変更にとっても示唆的な内容となっています。
以上の他に,整理解雇を中心とする解雇の法理やフランス労使関係法について多くの業績があります。とりわけ,労働法学界に強いインパクトを与えた下井隆史教授と山口浩一郎教授との共著『労働法再入門』(1977年,有斐閣),『論点再考労働法』(1982年,有斐閣)を忘れることはできません。団結権の在り方,組合の自己責任と不当労働行為法理,ユニオンショップ協定違法論等は,その後の学説・判例に強い影響を与えています。
先生の教育業績としては,法学部においては労働法,社会保障法,フランス語等を講義するとともに演習を担当されました。また,法学研究科や地球環境科学研究科では,大学院の講義を担当されました。社会的な豊富な経験と知識に支えられた講義は,明快であリバランスのとれた内容と高い評価を得ています。また,下井隆史教授(前北海道大学教授,その後神戸大学教授等を経て現在弁護士)とともに北海道の社会法学研究のレベルを向上させるとともに多くの研究者を養成した功績も特筆されるべきです。
社会活動についても全国的なレベルで労働及び厚生関係の政策形成や立法に多大の貢献をされました。旧厚生省関係では,老人保健制度研究委員,パート労働者に対する医療年金保険に関する検討会座長,旧労働省関係では,労働者災害補償保険審議会会長,障害者雇用審議会会長代理,労働基準法研究会労働時間法制部会座長,中小企業退職金共済審議会会長代理等をされています。最近の労働政策のすべてに関与しているといっても過言ではありません。北海道においても,地方労働基準審議会会長等として労働行政に多大の貢献をされています。さらに,日本労働法学会及び日本社会保障法学会の理事を長期にわたって兼任され,両分野に造詣の深い研究をされて学界の発展に大きく寄与されました。
以上のように,先生は本学教授として32年余り勤務し,その教育上及び学術上の功績は顕著であります。
ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
(法学研究科・法学部)
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