学務部入試課入試広報担当 蜂 谷 真 央 |
|
◎はじめに |
昨年度1年間,「民間企業派遣研修」として本学を離れ,株式会社電通本社(東京都港区。以下,「同社」)において,同社独自のプログラム「地域コミュニケーション戦略プロデューサー塾」に参加,それを修了いたしました。以下,その報告をいたします。 |
|
◎「地域コミュニケーション戦略プロデューサー塾」及び「民間企業派遣研修」概略 |
まず「地域コミュニケーション戦略プロデューサー塾」とは,地域におけるマネジメント課題(地域ブランディング等)に対し,同社固有の「コミュニケーション」(同社の事業内容を語る上で主軸となる概念)のノウハウを活かした問題解決力を養成することを目的としており,プログラムのマイナーチェンジを繰り返しながら,その歴史は四半世紀に及んでいます。名称の示すとおり,主たる参加者は地方自治体職員ですが,我々国立大学法人職員も同一プログラムにより参加しているのが現状です。
年度当初からの同社内における集合研修に始まり,年度末に本学で行われる,広報担当理事及び同社関係者等臨席の「研修成果報告会」でのプレゼンテーションを最終到達点とし,任意のテーマ設定,問題意識により1年間の研鑽を積むというものです。
本学は法人化に伴い,広報活動の拡充という時代の要請に応えるべく,株式会社電通北海道との包括連携の一環として,このプログラムを他大学に先駆けて活用。「専門性の高い広報担当者」育成という名目の下,「民間企業派遣研修」として平成17年度より年間1名を派遣し,昨年度の私で4人目となりました。 |
|
◎具体的内容
○参加者 |
「地域コミュニケーション戦略プロデューサー塾」は「自治体研修」などとも通称され,上述のとおり地方自治体職員が多数を占めます。昨年度は3県庁,3市役所から各1名に加え,昨年度が初の派遣となった国立大学法人岡山大学職員が1名。私を含めた計8名が原則同一の年間スケジュールに沿って参加。また,同社の社外研修制度にはいくつかの枠組みが存在し,我々とは別個のプログラムによる社外研修生(防衛省陸上自衛隊:1名,防衛省海上自衛隊:1名)や,「人事交流」により同社出向中の農水省職員1名が適宜加わり,最大11名での参加となりました。 |
|
○スケジュール
T.4〜5月:集合研修 |
同社での1年間を過ごすに当たり,最低限必要となる基礎知識のレクチャーを研修生全体で受講。主に座学形式により,同社及び業界について(事業領域,沿革,ビジネスモデル,媒体及び媒体社,クライアントについて等)の説明を受け,稀にフィールドワークやプレゼンテーション演習が行われました。講師は分野ごとに,同社(関連会社)の担当社員が受け持ち,1日に複数コマの講義が行われ,この時点で既に100枚を超える名刺を消費していました。 |
|
U.6〜12月:営業局研修 |
2ヶ月間に渡る基礎学習を終えた後,同社研修担当部署の決定に基づき研修生それぞれが異なる営業局に配置され,各営業局員に同行する形で同社ビジネスの現場を見学。私は,某飲料メーカー,及び某石油元売企業を主要クライアントとする部署に配置されました。週1度,半日の集合研修を除き,各自それぞれの営業局において得意先との打ち合わせ,イベントや撮影・収録の立会い等の同行を基本スケジュールとし,代理店とクライアントの双方の視点に立ち,実地を観察させていただきました。 |
|
V.1〜3月:研修成果報告の作成(個人課題への取り組み) |
直近のOJTで培った問題意識,あるいは派遣前に既に派遣元から与えられていた課題を念頭に,研修生各自がテーマを設定。テーマ等,様々な観点から適当な部署を決定,各自がそこに再配置され,「トレーナー」と呼ばれる同部署(主に「ソリューションセクター」)社員により,プロの立場から指導,助言,情報提供を必要に応じて受けながら,年度末の「プレゼン」に向け各自作業を進めるという段階に入りました。
実際には既に年内の時点で,自分の希望に合致した部署や「トレーナー」を原則独力で探し,自分がどのような題材で報告を作成したいかということを伝えながら,受け入れ依頼のネゴまでやるところから始まりました。そして,配置後も「そのために自分が何を学びたいか,どういった情報を得たいか」といことを主体的にコミュニケーションしていく必要があり,場合によっては他の部署にも情報収集の場を拡張しながらの個人作業を積み重ねました。さらに,3月初旬に同社内において同社社員を聞き手として行われる予行演習(言わばプレ報告会)での論評を参考に最終のブラッシュアップをし,派遣元で各自本番(本学においては「研修成果報告会」)を迎えます。
私は,法人化後の大学広報の議論における中心概念であるブランディングという課題に対し,同社独自のメソッドを用い,またこれも同様に法人化以降,盛んに言われるようになった「教職協働」や「SD(スタッフ・ディベロップメント)」をキーワードに,他大学・企業の事例調査を経てコアとなる施策を提案。さらにそこから,創立135周年を一つの契機としてブランド強化を図るべく,学内外に向けた複数の施策案に展開し報告を構成しました。かくして1年間の研修が終了となりました。 |
|
◎所懐〜現場観察を通して〜 |
私がこの研修を志望するに当たり,広報関連知識の習得の他に関心を抱いていたもう一つが,情報共有や意思決定,構成員間のコミュニケーション等,あらゆる面での民間的(あるいは「電通的」)手法についてでした。当然のことながら同社と本学は,組織体あるいは経営体として,そのミッションや成り立ちなど根本的に大きく異なり,それゆえ組織内における現象面での相違点も枚挙に暇がありません。そしてその相違は必ずしも良し悪しの判断に直結するものではありませんが,その中でも特に決定的かつ印象的なもの。それが以下に述べる,業界に冠たる同社の組織力を裏付ける仕組みでした。 |
|
○「会話」の力 |
最初に実感した違いは,書面によるやり取りは皆無に近く,メールも,当初は戸惑ってしまうほどの簡略さである一方,「会話」によるコミュニケーションが非常に重視されている点。さらに言えば,「会話」をしない(できない)ことが,「控えめ」「おとなしい」などと言い換えられることで容認され得ない文化を持っているという点でした。
部内及びチーム内の構成員間の「会話」,社内関係者との「会話」,得意先との「会話」,媒体社との「会話」など,実際に相手の顔を見,あるいは声を聞き,口頭による対話を持つこと。その公式・非公式を問わない「会話」が,適切な内容や量,トーンを備えた情報の迅速な伝達・把握を可能にし,作業の円滑化に寄与していることはもちろん,これが組織の活性化にも直結しているのではないかと強く感じました。
例えば「○○さん(例えば得意先担当者)と『会話』したか?」という上司から部下に対する確認が,これもまた「会話」によって頻繁に行われることはビジネスのスピードを維持している一方で,例えば部長が私のような社外者や派遣社員を含め,直接ビジネスに絡まない構成員に対し,それが雑談であれ意識的に話を振り発言を求める。これが日常的な部下の動向把握という意味合いを持つと同時に,部下の当事者意識や士気,モチベーションを高める役割を果たす。こうした「会話」が恐らく時には戦略的に,それでいて当たり前に起こっていることが,あらゆる場面で「会話」が滞らない組織風土の醸成・維持という好循環を生み,強固な組織力の一つの源泉になっているのではないかと感じました。
加えて「会話」に限らず,派遣社員に対してや,対社外では関連子会社や制作会社などの下請け,孫請けやクライアント等,様々なステークホルダーと円滑に作業を進める中で,自分のポジションをわきまえ全体を俯瞰した上での最適な立ち居振る舞いなど,全てにおいて戦略性を感じる(漫然としている部分がない)点も,本学における将来の外注範囲拡大等を視野に入れるとき,非常に興味深い特徴であるという印象を持ちました。 |
|
○「機能的」ヒエラルキーの存在 |
先に述べた「会話」の重視にも幾分関連し,私にとって強烈といえるほど印象深かったのが,組織内のあらゆる階層において存在する強堅なヒエラルキーの存在でした。通常どこの組織でもそれ自体は存在しますが,同社では役職によるそれだけではなく,同一の役職内においても年次による厳格な序列が存在しています。さらに驚くべきことに,それが入社数年程度の若い社員間,また逆に管理職手前の年次の社員間においても厳然とあり,同社に極めて特徴的な文化であるという印象を強く受けました。
一般にヒエラルキーという語は,必ずしも全ての場合において,プラスの意味を持つものではありません。しかしながら同社では概ね,上位者から下位者への効率的で有効な教育装置,指揮命令系統として機能し,同時に下位者から上位者への機動的な情報伝達等を支えていると推察され,ひいてはこれが強力な組織力を形成,同社を同社たらしめている最大の要因なのではないかと思われました。
具体的には,管理職との定期の個人面談や研修のような,ある種「公式」のものに限らず,上司と部下の関係とは異なる非管理職間においても,いわゆる「コーチング」の概念のようなものが確実に浸透していると見受けられ,実際にそういった場面を目の当たりにすることは日常的でした。また,こうした非公式の人材育成とも言うべき上位者から下位者へのケアは,当然のことながら単なる個人の親切心の類に起因するものでは決してあり得ません。たとえ即戦力にはならない新入社員に対しても,むしろそういう世代に対してこそネグレクトは起こり得ず,このことは経営体における人的資源の重要性,殊に同社のような業種におけるその重要性に鑑みると,必然の帰結であると考えられます。またそれと同時に,本学が真に効率化や組織力を考えるとき,示唆に富む企業風土であると強く感じました。 |
|
 |
講義後,研修生と講師を囲んで |
|
|
◎結びにかえて |
以上とりとめなく書いてきましたが,自分自身忘れてしまわないように,敢えて極めて個人的なことを最後に書かせていただきたいと思います。
私にとっての昨年度を一言で総括するならば,怒涛の1年でした。本学では当然の如く通用し,むしろ是とされる振る舞いや理屈,価値観が全く意味を持たない世界があることを身をもって知りました。そして多くの衝撃を受けながら,ひたすら自身の非力を痛感し続けた一年でした。自らの意思で行きながら,初めてストレスで顔が痙攣し疲労で手がしびれるという経験もし,しかしその一方で,それ以上に感動し,厚意を受け,ここ数年になく人に感謝した1年でもありました。
そのスタイルはどうあれ,言うまでもなくほとんど全ての人にとって,人生と仕事は不可分であると思います。自分にとって仕事とは何か,今後どう仕事と関わっていきたいか。これからの職業人生あるいは人生において,自分はどうありたいか。数え切れないほどの人と会う中で,そんなことにまで思いを致した経験でした。研修本来の目的である,広報や関連業界のリテラシーの習得とはまた別に,一旦立ち止まり,図らずもそれを熟慮する機会をいただいた1年だったと思っています。
最後にやはり,私がこのような学びの機会を得,さらにそれを無事終えることにご協力くださった株式会社電通様,株式会社電通北海道様,及び本学の,全ての関係者各位に改めて感謝申し上げ,報告の結びといたします。 |
|